▼ 流されやすいところもある
かぷりと、果実に食らいついた唇に目がいった。
呑みきれずに零れ落ちた赤い雫が顎を伝い、湿った唇を拭う様に赤い舌が顔を出す。上唇を右から左へなぞり、伝った雫はそのままにもう一口果実に食らいつく。食らいつくたび溢れる果汁。
顎を汚しながら、一回、二回、三回、ゆっくりと租借するために動く顎。飲み込むために上下した喉。どこか遠くを見やっていた瞳が瞬きをすると、ゆっくりとその視線を動かした。
「…なんだ、えろい顔して」
「…誰がだ」
「お前以外にいないでしょ」
見せつける様に、再び舌が覗く。顎に垂れた雫を拭おうと持ち上がる腕が視界に入り、思わずその手を取った。
にい、と歯をむき出して笑う顔にずくりと腹の底が疼く。不愉快だと顔をしかめても目の前の男はにまにまと意地の悪い笑みを浮かべるだけで、それにまた下腹部がうずく感覚に目眩がしそうだった。
なぜ、こんな奴に。
手を拘束しておいて動かないワイパーに焦れたのか、ナマエの腕が拘束を引きずるように動いた。否、元から力の込められていない腕に拘束の効力はない。
再びかじられた果実。一度二度と咀嚼した口元がゆっくりと近付く。捕えられたままの手がワイパーの顎に添えられ、上を向かされれば噎せ返るような甘い香りが鼻孔を擽った。
「ん…ぅ」
ねっとりとした唾液の生温さと甘い香りを伴い、唇を割って押し入られる果実の塊。口内を蹂躙する舌に意図せず引いた腰を引き戻され、ぴたりと身体が密着した。甘い果実を押しつぶすように口内を舐られ、息が上がる。体を酷使したときとは明らかに違う自身の息遣いに耳をふさぎたくなるが、妙なプライドがそれを許さない。
角度を変え、動きを変えしつこいほどに続く行為に口内に溜まる唾液と小さく押しつぶされた果実。苦しさに耐えかねごくりと喉を鳴らせば飲みきれなかったそれが口の端から一筋零れ落ちた。
首筋を唾液に擽られ、それにすらぴくりと身体が震える。
「っは、ほーらえっろい顔」
唇を濡らす唾液を、見せつけるように舐めとる舌がまるで別の生き物のようにうねる。
するりと撫でられた腰に身を捩るが、意地の悪い顔は吐息がかかる距離のまま果実の甘い匂いを漂わせた。
「わざわざ俺に寄ってくるなんてさ、この間の続きでも期待しちゃった?」
「…っ、狩場に、お前がいただけだろう」
「ふぅーん?」
その割に、とナマエが挑発的にワイパーを覗き込み、腰を撫でていた腕が未だナマエの腕を捕らえるワイパーの指先に触れた。
「抵抗しないんだ?」
「、っ!」
ぱし、と思い出したように弾いた腕。それを面白そうに甘受しておいて、ナマエは再度果実に齧りついた。かぷり。噎せ返るような甘い香りが漂う。飲み込むために上下した喉。果汁が、唇を湿らせた。湿った唇がゆるりと弧を描く。
「もっと食べたい?」
「いら、ねぇ」
「欲しいくせに」
「いらねぇ!」
にやにやと伸ばされた腕。振り払えばいい。そう思うのに、その掌が首筋を撫でる様を目で追った。強張る体。振り払わない腕。
「お前さぁ」
髪を梳く様に頭を固定され、その顔が目前に迫る。にやついた顔は、年上の余裕のつもりか。腹の奥が疼くのは、気のせいだ。
「ちゃんと抵抗しなきゃ、食べちゃうよ」
かぷりと、見せつける様に果実に食らいついた唇に目がいった。一回、二回、三回。まるで焦らすようにゆっくりと租借をしてから、再び食らいつかれた唇。ねじ込まれた舌に押し込まれた果実が甘い。眩暈を覚える程に、甘い。
「…やめ、ろ…」
くちゅりと、唾液がわざとらしく音を立てて羞恥心に熱が上がる。舌で押し潰されていく果実。突き放そうと腕を持ち上げたはずなのに、それはナマエの肩に力なく添えられただけだった。
「ナマエ…っ」
ちゅう、と吸い付かれ呆気なく解放された唇。口内に溢れる甘い唾液を持て余し、顎を取られ上を向かされると同時に飲み込んだ。はあ、と零れた息は、本当に自身のものか。
「普段からこうなら、可愛いもんなのにな」
食べかけの果実をワイパーに握らせ、唐突に飄々と去っていく後姿。
ぐるりと思考が一周して、途端にかあっと全身が熱を持つ。なにを、と形容しがたい感情に握らされた果実が潰れた。ばくばくと煩い心臓に手を汚す赤。ぽたぽたと果汁が手を伝い落ち足元を汚した。
「…っ…」
込み上がる感情をどうにか押さえこみながら乱雑に口元を拭い、べたつく手に残る赤を舐めとろうとして、その匂いに動きが止まる。再び込み上がった感情に、どうしようもなく居た堪れなくなり唸るように蹲った。
口内に残る甘さが忌々しい。
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