「へへっ、もーらい」
マルコは、見ていることしか出来なかった。
! ! ! !
辺りを静まり返らせるには、十二分な音だった。
兄弟が攫った肉切れを口に入れるより早く、マルコが兄弟を制止するより早く、兄弟の頭は槌のようにテーブルを打ち砕いていた。
一撃で気を失った兄弟の頭を鷲掴み離さない手に、ぱらりと舞落ちた木屑以外動くこともままならないほど張り詰めた空気。
ナマエだけが、どろりと濁った目でそれを見下ろしていた。
「おれのもんを取ろうとするからだ」
心の臓が凍りつくような声音が張り詰めた空気を震わせ、ぞわりと、背筋が粟立つ。
ああそうだと、戦慄した記憶が引きずり出された。
こいつは、いつだっておれをこの目で見ていたではないか。
「やめねぇか!!!」
怒声がびりびりと腹に響き、ぴたりとナマエの手が止まる。
「兄弟でなにしてやがる」
ニューゲートが、
見開いた目。しかし、それも束の間だった。
「おれのもん、渡せって言うの」
どろりと、ナマエの目が濁る。ナマエがニューゲートを映す目がどす黒く濁ったのだ!
「家族を殺すなと言ってるんだ」
「おれのもん取らなきゃ殺さない」
「腹が立っても家族を殺すんじゃねェ」
互いが互いを穿つように見ていた。びりびりとした空気がまるで肌を刺すようで、覇気が満ちているわけでもないのに一人二人と威圧され白目を向いた。
ぞわりと背が粟立つ。
マルコでさえ、二人がこうも対立する姿を見たことがない。ナマエはニューゲートに逆らうことも無く、ニューゲートもまたナマエを叱ることも無かった。
肝を冷やす緊張の中で、一抹の違和感。
しかし、ぎしりと悲鳴を上げ始めた船体にぞっとし叫んだ。
「二人とも落ち着けよい!船が沈むぞ!」
ぴたりと、張り詰めた空気が船を軋ませることをやめた。バケモノめと、マルコは声に出さずに毒づく。本物のバケモノだ。この二人は。
ナマエのどろりと濁ったままの目がちらりとマルコを一瞥し、ニューゲートを睨みつけ、そのままニューゲートの脇をすり抜け食堂を後にした。
「…すまねぇなマルコ、つい熱くなっちまった」
「…おれよりそこで伸びてる奴らに言った方がいいと思うよい」
「あァ、おい、そいつらを起こしてやれ。船医も呼んでこい」
重しが退いたように、俄に喧騒を取り戻した船内が息をつく。ナマエの飯を取った、ある意味元凶の兄弟だけは医務室に運ばれていったけれど主な被害はそいつとテーブルだけの様だった。
一息ついたところで、ニューゲートが愚痴でも零すようにマルコに言った。
「いつまでもガキでいちゃァくれねぇと、分かってたはずなんだがなァ…」
見上げた横顔が、少しだけ寂しそうだと思った。