35  



明るんだ空から降り注ぐ光に、意識がゆっくりと浮上した。

ぼんやりとシーツのシワを目でなぞり、寝起きの体で寝返りを打てば視界いっぱいの見慣れた天井。朝か。寝起きは決して良くない自身の頭がそう理解すると、朧気な昨夜の記憶を手繰り寄せた。鈍い痛みを覚える頭が示すように、結構な量の酒を飲んだような気がする。

たしか、宴で、自身のためと銘打たれただけあって次々と酒を寄越され、少しだけ緩んだ手元はそれを止めることなく煽った。なぜ緩んだんだったか。そこまで考えると、ぱちりと小さく爆ぜるように頭が覚醒した。

「女遊びはやめたんだ」

勢揃いしたクルーの前でそう宣言し逃げて行ったエルの、したり顔は確かに自身に向けられていた。驚きを隠せなかった自身と同様に驚き、違う意味合いでざわつく周囲の中でローは一人、どういうつもりだとその腹を勘繰った。確かに自身にそういう話をしたばかりだったが、わざわざ周囲にまで宣言する意味。それは、つまり?

エル。無意識に口を着いた呼び掛けに、慌てて口を噤む。独り言とは、気が緩み過ぎだ。内心自身に毒づきながら、痛む頭を緩和しようと寝返りをうとうとしたその時、心臓が跳ねた。

「はよ、キャプテン」

ノックも無く開かれた扉を肘で押し開けながら、グラスを持ったエルがそこに居た。は、と目を丸めたローが固まるのを気にした風もなく、無遠慮に歩み寄るエルのもう片手には薬瓶が気だるげに握られていた。

二日酔いしてねぇ?とあまり興味の無さそうな顔をしながら、エルがローの顔を覗き込む。結構飲んだんだろ、と断りもなくベッドサイドに腰掛けたエルが差し出したグラスに上体を起こせばぐらりと回る視界。

「はは、だっせー」

からかうような声音に、睨むように少しばかり唇を尖らせれば、冗談だってと反省した風もなくエルが飄々と言った。

「起きたらみんな死んでるからさ、今生き残り組で介抱してんだよ。シャチとか便所で潰れてたんだぜ」

あんまりだろ、と思い出しながら笑うエルから再度差し出されたグラスを受け取り、次いで差し出されたビタミン剤を口内へ放り込み水で流し込んだ。大き目の錠剤が食道を通っていくのを感じながら、水の冷たさにそっと息を吐く。

それを見届けたエルが、コックが潰れてるから朝飯がいるなら宴の残りだと、下ろしたばかりの腰を上げひらりと手を振り扉へと足を進めた。その背を眺めながら、思い出したように礼を投げ掛ければちらりと向けられた視線が僅かに柔らかさを孕み細められた。

「キャプテンてさァ…」

掛けられた声にその瞳を見やれば、言葉を探すようにその瞳が彷徨い開きかけた唇が閉じた。何だ。催促するように先を促せば、いや、とその瞳がいつもの柄の悪い笑みへと変わる。

「何かいるもんあったら持ってくるよ」

「…今はいい」

「そ?」

じゃ、また後で、と再びひらひらと振られた手が扉の向こうへと消えていき、扉が締まると同時にローは再びベッドへと沈んだ。枕が痛む頭を優しく受け止め、僅かに洗剤の匂いが漂う。

どくどくと脈打つ心臓が煩い。意味もなく頬が熱い。顔面に容赦なく降り注ぐ日差しを遮るように、両手で目元を覆った。

「…夢か」

ぽつりと零した独り言に、返答はない。








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