「ちょ!エルっ!!」
びくりと、シャチの声に肩が震えた。なんだ、と誤魔化すように素っ気なく返した声が裏返りそうだ。
未だ肩に乗り掛かるエルをシャチが引っ剥がすようにつかみかかり、何してんだと一喝する。酔いに目元を赤く染めたエルが事も無げになにか用かと言い放ち、シャチの頬がひくりと震えた。
酔ってるなお前!おう、いい感じ。ぐったりとシャチに寄りかかったエルがへらりと笑う。でもまだ飲み足りねえ。そう主張するエルにシャチがため息を吐いた。
「すみません、キャプテン!回収していくんでバラさんでやってください!」
ぺこぺこと頭を下げて謝るシャチに、今回は救われたかもしれないなと空になったグラスを眺めて、酒に焼けた心臓に耳を澄ます。煩い心臓を悟らせぬ為に、努めて平静を装った。
「さっさと持って行け」
そっけなく返した言葉に、あからさまにシャチが肩を撫でおろした。さあ立てほら立てと促され立ち上がったエルが手元の酒瓶をちゃっかりと奪い去り、一気に煽る。お前キャプテンにちょっかい出してバラされても知らないからな!時折能力を使いバラしてきたが、その度に組み立ててきたシャチや他のクルーからしたらいい迷惑なのだろう。飲みきれずに顎に伝った酒を手の甲で拭い、エルが柄悪く笑った。
「いいから飲もうぜ」
部屋から持ち出したエルのお気に入りの酒は、エルが煽ったもので最後だ。つまり、もうエルがここに寄って来ることもない。
いいから、の意味を反射的に深読みしようとする思考に待ったをかけた。
勢い余っていらぬことを口走った時は以前の関係が続くこともないと思っていたが、仮に以前の関係が続いたとしたらと想定して背筋がうすら寒くなる。恋慕は要らぬとフラれ、関係が終わるだけならまだ可愛げがある展開かもしれない。体だけの関係を継続したとして、果たしてそれに耐えられるだけの器量は己にあるか。無いとして、その関係を拒めるだけの意思が己にはあるか。
馬鹿みたいに、そんな関係にすらしがみ付きそうな自身が酷く滑稽で、恐ろしく思えた。
数えきれないほどの女を遊びだと割り切り手ひどくフって来たエルだが、ある意味では誠実だと言えたのかもしれない。白黒つければ、幾らか傷は浅く済むらしいと現状で初めて理解する。
もう少し、時間が欲しい。
そう言った彼の意図はどこにあるのだろうか。
管を巻きだしたペンギンに絡まれベポに助けを求めるエルを尻目に、クルーが飲んでいた安い酒をグラスに注いだ。甘ったるいそれは、安物らしくべったりとした後味を口内に残しながら胃に収まっていく。
それでも、馬鹿みたいに度数の高い酒より格段に飲みやすいのだから呆れた話だ。
答えが聞きたいようで、聞きたくない。妙な感覚に眉を顰めながら、騒ぎ立てるクルーを眺めた。
「次は惚れた女の話なんてどうだ!」
「お前の好みなんて興味ねえよ!」
げらげらと上がる笑い声は、まだ宴が終わらぬことを示していた。
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