「はっ?」

二日酔いに苛まれながらおれは耳を疑ったがサッチはサッチでおれのリアクションを疑った。

「はってお前、マルコと飲んだんだろ。つえーじゃん、あいつ」

「いや、ええええ?」

「ええええってなに、ええええって」

絶対お前より強いって。サッチはさも当たり前のように言い切った。






おーけー、一旦頭を整理しようか。

誰が何に強いって?マルコが酒に強いそうだ。

じゃあ昨夜起きた事件はおれの夢か何かだというのか。そんなばかな。

デッキブラシに顎をのせ一人で頭を捻っていると、いつの間に来たのかマルコがおれの頭を引っぱたきいつもの眠そうな目でぎろりと睨みを効かせてきた。

「サボってんじゃねぇよい」

「ういっす!」

若いやつらの中じゃクールでスカしてて悔しいが頭一つ抜きん出て強いマルコは人当たりがあまりよろしくない。が、意外と面倒見はいいらしく宴で度々やらかすおれをよく介抱してくれた。介抱と行っても潰れたおれを部屋に押し込んどくとか、朝に頭から水(海水だ)をぶっかけるとか、そういうのだが。

昨日の宴は雑用に駆り出され、全くもって飲み足りなかったおれは嫌がるマルコを強引に晩酌に付き合わせた。気軽に話せるような奴らの中じゃマルコぐらいしか生きてなかった。(そもそも参加してないからな)

案の定というか、おれが一方的に絡むような酒盛りだったがマルコは嫌がった割には逃げ出すこともなく、ただちびちびと酒を飲んで気のない相づちを打っていた。

デッキをブラシで擦りながらちらりと見やったマルコはシャツのボタンを留めていたが、それは単純に肌寒い気候のせいだろう。昔行きずりのお姉さんと一夜を明かしたときにイタズラで跡を残したことがあるのだが、それはそれはこっ酷く怒られてからおれは跡を残すことと気の強い女に尋常でない恐怖を抱えている。

いまいち確信が持てないのは酒を飲んだ上での記憶であることと、マルコの態度が全く変わらないせいだ。俺は昔、初恋の女を思いすぎた挙句夢でヤって、しばらくそれが夢か現実かわからなかった前科がある。(ん?その理屈で言うとおれはマルコに惚れてるってことか?)(ははは、ウケる)

朝だっていつも通りマルコに水(ワカメが入ってた)をぶっかけられて目覚めたし、目覚めた場所だって甲板だった。どこで事件を起こしたのかすらあやふやだ。

考えれば考えるほど夢な気がしてきたんだが、どっちだ?

とにかく、 おれとマルコは一緒に飲んだはずなのだが、マルコは早々に顔を真っ赤にして酔っ払ってしまったのだ。その顔が案外可愛かったのは覚えているのだが、夢だとしたらどこから夢だったのか。まさか酔う前から夢だったのか。だとしたら今日は早めに寝よう。

そんな事を考えていると、再び後ろ頭を引っぱたかれてつんのめった。張り手とは思えない鈍い音に辺り一同が振り返る。剣呑な鋭さを増した目が、さっきよりも苛立たしげだ。

「なんでてめぇの手はすぐ止まるんだよい?」

「さーせん!」

ううん、夢な気がしてきた。

このマルコ相手に事件は起きないだろう。夢だ。多分。あの事件は夢だった。

だけど、夢の最中のマルコの顔がチラつくと、こう、腰に来るのである。おれの頭ヤバくないか。(想像力が豊かすぎるのか)(溜まってんのかな)

さっさとデッキの一角を磨き終え、一息。さてあとは何をしようかおれも若いなぁなんて呑気に思っていると再三にわたる景気のいい音が響いた。

「いい加減いってぇよ!!!」

「お前がいい加減にしろよい」

「ちゃんと働いてんだろ!!」

「おいおい、二人とも落ち着けって」

慌てて止めに入ったサッチがおれを宥めるが、マルコは苛立たしげに舌打ちを零して背を向けた。

なんだってんだ。八つ当たりなら勘弁してくれ。

再三にわたる殴打に痛む後頭部をさするおれにやれやれと言いたげな顔をしたサッチが、バケツの水をひっくり返しながら遠のくマルコの背をちらりと見やった。

「なんかカリカリしてんなぁ、マルコのやつ」

「マジ痛かったんだけど」

「昨日一緒に飲んだんだろ。なんかしたんじゃねぇの」

「なんかってなんだよ」

「おれが知るか」

怒らせるようなことだろ、なんてサッチがいうものだから、おれはまたふとマルコの顔を思い出した。

なるほど、あれが夢なら確かに怒らせるようなこともしてそうだと一人で納得した昼過ぎ。

今日は早めに寝ようと心に決めた。