頭が痛い。

失った左手も切り裂かれた顔の傷も、痛くて痛くてたまらない。

じりじりと体の内側から蝕んでいくかのような苛立ちと焦燥感。

頭が痛い。

気まぐれに降り始めた雨が髪も頬も服も、全てを無残に濡らし足元で踏みつけた水溜りが跳ねた。

乱れた髪の毛先から、ぽたりぽたりと水滴が滴る。

痛い。痛い。煩わしい。何もかも。

クロコダイルの心情を反映したかのように鬱蒼として陰険な町並みすらクロコダイルを蔑んでいるようだ。ぱしゃん。踏みつけた水溜りが跳ね、視界に薄暗い路地で蹲る野良猫がにゃあと鳴く。

その猫を乱雑に撫で付けた手が視線を攫い、手を辿れば泥と血に塗れてボロボロのくせに雨脚を伺い、タバコを噛み締め空を見上げる横顔。

ふわふわとした金の毛並み。快活そうな顔つきはまだあどけない。

ざあざあと容赦なく降り注ぐ雨がただでさえはりのない世界を余計にしなびさせているようで、しかし猫の蹲るそこだけはからりと晴れている様だと思った。

向けられたアンバーの視線に視線を攫われても、クロコダイルの足は地面に縫い付けられたまま。

「ねぇ、お兄さん、一晩買わない?五万でいーよ」

赤みの強い唇がいつの間にか近くで開かれ、クロコダイルの意識ははっと現実に引き戻された。

それは男を誘うというよりは、途方に暮れてヤケを起こした人間の顔だった。

金の取立てに怯える債務者のような、夫に強要されて春を売る女のような、そんな顔だ。そんな面で、雨に打たれながら歩く傷跡まみれの男に何を望んで声をかけたのか。泥と血に塗れた男を買う輩もそう居るまいに。

しかしそう思ったクロコダイルもまた、何を思ったのか気がつけば頷いていた。

シケた街に似合う煤けたホテルのベッドに押し倒した、まだあどけない男。

シャワーの水気を残しながら、たどたどしくクロコダイルに延ばされた柔く白い指先が視界の隅でやたらと目に付いた。

「優しくして欲しいなぁ。おれ、初めてなんだよね」

困りきった顔でそんな事を言った男に、クロコダイルはふと頭痛を思い出した。頭が痛い。痛くて、煩わしくて、どうしようもない苛立ち。

目の前の男が、手管のある売春婦ならぶつけてしまおうと思い至ったかもしれない。しかしあどけない顔がクロコダイルを見上げて、その顔はどこか迷子の子供のように不安げに見つめて来るのだから、クロコダイルは頭痛に任せてその男の脇に突っ伏した。

ちゃちなスプリングが軋む音と僅かにカビと埃の臭い。しかしそれに眉を顰める気にもならず、クロコダイルはちらりと驚いた顔を見上げた。犬か何かのようだ。久しく見ることの無かった、思惑だとか策略だとか一等疲れるものを知らない馬鹿の顔。

頭痛のせいか、ヤケを起こしたのか。

寝首をかく度胸がないと踏んだのか、かかれても構わないと開き直ったのか。

戸惑う男の腕を引き、背に回させる。男の胸元に額を寄せるように身を寄せれば、慣れぬ温もりと泥の臭いがした。

カビと埃と泥と、ろくでもない環境だというのに、どくりどくりと僅かに聞こえる鼓動を子守唄に、クロコダイルの意識はすとんと落ちた。

子供の頃走り回った陽だまりを思い出しながら、すとんと。