目覚めると、男はいなかった。

静かな部屋の天井を見上げて、クロコダイルは静かに息を吐いた。それは収まった頭痛への安堵か、生きていた事への落胆か、男がいなくなっていたことに気がつかなかった驚愕か、色々な感情が綯交ぜになった呼吸だった。

薄いカーテンから差し込む日差しをぼんやりと眺めて、ゆっくりと体を起こした。








ホテルを抜け出し、昨日とは打って変わりからりと晴れた空の下をぼんやりと歩いた。昨日の雨の名残か、湿り気の残る空気は初夏のように青白い光に溢れ明るく町並みを映し出していた。

しかし荒んだ町並みは、昨日の雨の方が余程似合うとクロコダイルは思う。どちらにせよ、ろくでもない街なのは間違いない。

「だーかーらー、出来なかったんだって」

聞こえてきた声に、クロコダイルの足が止まる。

欠けたレンガが剥き出しになった、崩れ掛けの建物の影だ。さあこれからリンチだぞと言わんばかりの、有り触れて面白みのない光景がそこにはあった。

猿団子のような人だかりの中できらりと、陽だまりのような色が光を弾いたのが見えた。

「出来なかった、で通る話じゃねぇだろ?なァ、ナマエよォ」

「出来なかったもんは出来なかったんだ。元々オフクロの作った借金だしィ、おれには関係ないしィ?」

なるほど殴られるわけだ、と思うとほぼ同時にやはり男は殴られていた。骨を打ち抜く小気味のいい音が連打する。

いっそ清々しいほどの集団暴行だった。

助ける義理もなくクロコダイルが眺めているその間にも、あのふわふわした金髪はみるみる土と血とに汚れていくのが見えた。

なるほど、こうしてあの男は昨夜の暴挙に出たらしい。

そう思い至ると、収まっていたはずの頭痛がまたじくりと痛んだ気がした。

「……目障りだな」

誰に聞かせるわけでもなく、クロコダイルは言い訳するように呟いた。

助ける義理も筋合いもないがそう、目障りだ。

踵を鳴らしながら詰めた距離。不運なチンピラがクロコダイルに気づき悲鳴を上げるのを待ってから、ついと持ち上げた右腕でもってクロコダイルは不運なチンピラを枯らした。

あとは説明するまでもなくなし崩し。弱い奴らほど、集団で襲うという真似をする。

蜘蛛の子を散らすように逃げていったチンピラの背を見送っていると、その足元で驚いたようにクロコダイルを見上げるアンバーの目があった。

「お兄さん、昨日の」

「…ひでぇ面だな」

「はは、お兄さんに言われたくないや」

ごろりと地面に転がったまま、男はボロボロに腫れた顔でにかりと笑って見せた。

昨夜とは随分と打って変わった、晴れ晴れとした顔。何も考えていない、馬鹿の顔だ。

クロコダイルは引き攣る顔の傷も忘れて、釣られるように笑った。