恋人が消えた。
恋人というのは正確ではないが、恋人と等しい程度に親しくしていた女が消えた。風の噂じゃ、運命の男を追いかけて行ったらしい。
「フラれっちまったのか、かわいそうになァ」
わざとらしい同情をにじませて酒の入ったグラスを勧められ、受け取るとドフラミンゴは当たり前のように俺の隣に腰掛けた。軋むソファーは、男二人で座るには少し窮屈だ。
「フラれるも何も、付き合ってたわけじゃないっすよ」
「フフフ、強がるなよ。胸でも貸してやろうか」
「遠慮するっす」
正直、ショックを受けなかった訳ではないがどこか諦めがつく自分もいる。
昔から、人が信用出来ない。
生まれてからこの方、実の親にも、親のように慕ったボスにも、兄弟のように心許した仲間にすら、俺はどうも裏切られる体質らしいと悟ったのは割と若い頃だった。
愚直なのだと俺を裏切った仲間の一人は俺を嘲笑ったが、おそらく俺の根本的な何かが頂けないのだろう。考え続けてはいるが分からないその何かが分からない限り、俺はきっと捨て駒であり続ける。
今は俺にいい顔をするこいつにとっても、きっと俺は仲間ですらないのだと思う。それはなんとも不毛な自己防衛だと、分かってはいるのだけれど。
寄越された酒で唇を湿らせると、上機嫌なドフラミンゴは無遠慮に俺の肩に手を回した。
「それにしてもその女は見る目がねェ!お前みたいな男は勿体ねぇよ、だろう?」
「……あざっす」
「フッフッフッ!」
いやに上機嫌なドフラミンゴが、今日の天気でも話すような取り留めのない話を上機嫌に話し続けるのを半分聞き流しながら、再び酒を舐めるように飲む。
普段なら、もう少しまともに聞いているだろうにやはりショックは大きかったのかもしれない。生返事ばかり返す俺に、それでもドフラミンゴは上機嫌に笑っていた。こういうところあるよな、となんとなく思う。人の機微に疎いというか、そっとしておくという選択肢がドフラミンゴには無いように思う。
手持ち無沙汰を誤魔化すように酒を舐めるペースが早くなり、グラスの半分が空いた頃だった。
酔うにしてはずいぶん早く、頭の芯が熱を持ったような気がした。
なんだか嫌な予感がして、しかし熱を持った頭は待ったをかける間も無くさらなる熱を帯びていくのが生々しい程に感じる。いやに唇が渇く。渇きを潤したくて、酒を舐める。
「おい」
生返事すら返さなくなった俺にドフラミンゴが呼びかけるが、いよいよ明確な熱を持った頭は返答をすることができなかった。
ドフラミンゴを見やると、それでも笑っている。
上機嫌だ。
俺の手が伸びる。
おい待て、なんで俺の手が?グラスはどこにいった。
俺の手がドフラミンゴを押し倒したが、ドフラミンゴはそれでも笑い、待ちわびたかのように舌なめずりをした。
ああ、嫌な予感がする。
しかし熱を持った頭は、嫌な予感すら塗りつぶしてドフラミンゴに覆いかぶさった。