諜報員という仕事柄か海賊がのさばる世界の治安のせいか、俺たちの老後というのはあまりに現実味がないものだった。

一応他の職員と変わらず定年退職のようなものはあるが、夢物語に等しいというか、そうなる前に死んでいるだろうというのがまず第一。

仮に生き残ったところで過去の機密を漏らされることを恐れたお偉いさんたちが、過去の俺のような若造に始末を命令するだろうというのが第二。

しかしそれら全ての問題を掻い潜り平和な老後を手に入れたとしても、町で見かけるようなボケたじいさんにはなれる気がしないというのが最も難関な問題かもしれない。

その結果、俺は随分と刹那主義で生きてきたわけだが、それはそれで悪手ではあったらしい。







金槌が釘を打つ音がこ気味よく響く。物作りはいい。集中していると過去のしがらみを忘れられるし、出来上がった時に達成感がある。

なにより相手の喜んだ顔なんて、棺桶に片足突っ込んだジジイの生き甲斐としては上等な代物じゃないかって話だ。

そんな俺の作業場で、腹から出した大声が作業に没頭していた俺の気を引いた。しぶしぶ手を止めて足場の下を覗き込む。

それからこれが一番いい所だが、ここには暗殺者がいない。

「ナマエさーん!お呼びだぞー!!」

「あいよー!」

金槌を腰袋に入れ、かんかんと靴が鉄の階段を叩く音を響かせ降りていくとその先には見知った顔。救いようのないお人好しがいた。よう、と片手を上げれば、お人好しはンマーといつもの口癖。いつも思うのだがそれは挨拶なのか?ただの間持たせなのか?謎は謎のまま死角の気配に目配せをすれば、アイスバーグは気配を招き入れるように一歩ずれた。

「ナマエ、紹介しよう。新人だ」

「おう、次の新人は使えるん…だろう……な?」

おっといけない。今のは現役時代なら死亡が確定したヘマだ。

死角からぬっと顔を出した、無愛想な顔で俺を見ている新人には見覚えがある。新人だと紹介されるのも二度目だ。

よう、と意味もなく片手を挙げてフランクに挨拶してみたが、件の新人は無愛想なまま、肩のハトが可愛らしく新人らしい挨拶を寄越した。腹話術上手いな。

挨拶もそこそこに次の挨拶に向かった二つの背を見送り、俺はさっさと作業に戻ろうと踵を返した。仕方ない、暗殺者がいないって利点は前言撤回だ。