吐き出した息が甘ったるい熱を孕み、まるで誘うように腹の奥を疼かせた。
「……お頭ぁ、飲みすぎですって」
「んー」
グラスを片手に、だらだらと引きずるような飲み方をこの人がするのは珍しい。
宴でもそうでなくてもバカ騒ぎが好きだから、そこに色気なんて持ち込むことはめったにないのに今のこの人はどうだろう。ともすれば悩ましげな、ゆっくりとした動作一つ一つが普段は形を潜めている色気を滲み出していた。
いや、普段潜めているだけに、ギャップも相まって滲み出すなんて程度ではないかもしれない。
がり、と自身を誤魔化すように噛み砕いた氷の冷たさですら、腹の熱を強調するだけだった。
「もう寝ましょうよー。みんな潰れてますよー」
「おー」
気だるげな返事の片手間にすらその唇に運ばれるグラス。飲み損ねた酒が顎を伝い、顎先に留まり、ゆっくりと机に垂れた。無精髭生やしたおっさんのくせにと、言えば怒られそうなセリフで胸中毒づく。
赤く染まった目元に、明日は二日酔いで機嫌が悪いんだろうなぁなんて酒の飲み方を知らない若造でも見るような心地にさせられ、それが倒錯的な背徳感を味合わせるのだからたまったもんじゃない。
ぺろりとお頭の赤い舌がおもむろに唇を舐め、気だるげに傾げられた首元を撫でるように赤い髪がはらりと落ちた。
「お頭ぁ」
「うるせーなァ。お前も大概酔ってんだろ」
「俺はいーんですよ」
「お前がいーならおれはもっといーだろ」
「あんたははた迷惑だからだめ」
「あんだとこら」
くつくつと喉を鳴らすように笑ったシャンクスの、下がった目尻に目が行く。緩く弧を描いた唇は薄明かりの中でもひときわ艶めいて、再度、グラスの中の氷を噛み砕いた。
机に頬杖をつき、グラスから酒を舐めたお頭が上目がちに俺を覗き込む。
「ナマエー」
「なんですかー」
「お前、酔うと間延びした喋り方すんの可愛いよなァ」
「そうですかー」
「そうですよー」
いつもだったらげらげら笑い転げてそうなのに、今日に限ってお頭はまるで別人みたいに落ち着いて笑う。
がり、と最後の氷が噛み砕かれて溶けた。
「酔ってんだろ?」
「酔ってますよー」
「なァ、おれも酔ってんだ」
「酔ってますねー」
「ナマエ」
じい、とお頭の赤い目元が俺を見つめる。何か言いたげな、しかし察せと理不尽ないい女がよくするあの目に似ていた。
似合わねーの、なんて浮ついた頭で笑って、しかしその目から目がそらせない。
グラスを置いたお頭の手がついと伸ばされ、俺の胸ぐらを掴むように俺を手繰り寄せる。
まぁいいか、なんて思ったが、明日結構後悔する予感もした。
俺も二日酔いかも、なんて手元のグラスを口に運びかけ、空のそれに思わず眉を寄せる。
「こういう時、青雉が仲間になってくんねーかなって思うんすよねー」
「こういう時に他のやつの名前だすなよ」
ほら、なんて口に押し込まれた氷の冷たさは結局、お頭の舌の熱さを一段と強調しただけだった。