惚れた男が、いた。
夢を見ると、決まって頭が割れそうなほど痛む。ぎりぎりと万力で締めあげられるような、そんな痛みだ。そのまま頭蓋骨も破裂して、西瓜のように脳漿もなにもかもぶちまけてしまえばいいのにと思うほど、痛くてたまらない。
クロコダイルは、頭の中でドラを打ち鳴らされているような錯覚に蹲った。
夢の内容なんて覚えてもいないくせに、夢を見た事と、それが酷く心臓を締め上げる内容だったことは覚えている。
痛むばかりで役に立たない頭を抱え込んでも痛みは和らがず、クロコダイルは歯を食いしばって呻いた。頭が痛い。ぼろりと、生理的な涙すら涙腺からこぼれ落ちた。
クロコダイルは涙に滲む視界を睨みつけて、痛みを逃がすように一度大きく息を吐く。部屋の片隅、あいつが立っているような気がしてクロコダイルはちらりと視線を向けるが、そんな都合のいい話はない。
ぽっかりと何も無い空間。馬鹿みたいな笑い声が響いた気がして、しかしそれは夢の中の話だと思い知らせるように目の奥がじくじくと傷んだ。
目元に浮かぶであろう隈を乱雑に擦り、割れそうなほど痛む頭を庇いながらごろりと転がり身をよじる。抑え殺した吐きながら、未だ締めあげられる心臓を服の上から押さえたが不快感は和らぐ事はなく。
なにもかも、あいつのせいだ。
八つ当たりのような感情がふつりと目覚めて、クロコダイルは右手で強く額を押さえた。
「ごめん、帰らなきゃ」
十数年。十数年もさんざん好き勝手付きまとってきたのは自分のくせに男が最後に言い残した言葉は呆気ないものだった。
親と慕う白ひげからの連絡に、男はマヌケ面に隠しきれぬ緊張をひた隠して出ていった。最後まで、どこまでも自分勝手な男だったのだ。
連絡ひとつ寄越さず、そのまま男は消息を絶った。
そこに、万に一つ、あの男のことだからと鼻で笑える可能性でもあればよかったのだけれど。
マリンフォードでの戦争で見かけた男の横顔は、終ぞあのマヌケ面をしまい込んだまま。
終ぞ、クロコダイルに折れる機会を寄越さぬままあの男はーーーー
「………クハハ…」
惨めなものだ。もう長いこと海賊をやってるくせに、こうも欲しいものばかり取り逃がす。
窓から差し込んだ日の出の光明に、ちらりと目を向けた。
だから嫌なのだ。人に心許すと、いつも惨めな思いをする。
このおれが、あんなやつに惚れていたなどあるわけがないではないか。
そうだ。あいつが勝手に付きまとい、鬱陶しい限りだったのだ。
「…………」
そんな陳腐な嘘すら重ねるほどにただただ惨めなだけで、遅すぎたのだとクロコダイルは朝日に背を向け毛布にくるまった。
そうだよ。帰ってきたら、認めてやってもいい。
惚れている男が、いた。