俺の話なんざろくに聞かない憎たらしいチビが唯一あからさまに目を輝かせる話がある。
いや、本人は隠しているつもりなのかもしれないが、いつもとの落差が大きすぎて結局隠し切れていない。
空に浮かぶ島に巨人の大陸、あらゆる海の生き物が集う海域に小人の国。古代兵器や過去の遺産。俺の航海の話だけは、どうもこの可愛くない子供の子供心を擽るらしい。
「この海はなんでもあるんだ、チビ」
マジもんの化け物ばかりだった海は、散々辛酸も舐めたがそれ以上に笑えていた。思い出話を吟遊詩人さながらに語る俺に賭博仲間は本当かとヤジを飛ばすが、生憎嘘は一つもついちゃいない。
「ぜんぶ、ほんとうなのか」
「確かめてもねぇのにねぇと決めつけるのは馬鹿のすることだ。気になるなら、その目で確かめてみりゃあいい」
「………っ」
徴発的に笑ってやれば、なまっ白い頬を興奮で赤く染めてチビが大きく一つ頷いた。普段からこうなら、なんて思ったがそれはそれで気持ち悪いと思い当たって考えることを止めた。
「海賊はいいぞォ、自由で、馬鹿ばっかやって、いっでぇ!!」
「海軍の前で海賊予備軍作ってんじゃねぇよ」
「隠居の分際でこのクソジジイ…!!」
チリドックを乱雑にテーブルに置き去りながら、後頭部にゲンコツをくれたオーナーに中指を立てたがオーナーは鼻で笑ってカウンターの奥に引っ込んだ。
「海軍だけはなるなよ、ろくなもんじゃねぇ、特にあのジジイみたいになったら人生終わりだ」
「聞こえてんぞクソガキィ!」
「聞こえるように言ってんだよクソジジイィ!」
学習能力がないのかと言われそうな毎度お決まりの流れを経て、漸くありついた夕飯に齧りつけばその横でもっと話せと言いたげなチビの視線が俺の頬を突き刺した。
「チビよぉ、人生ってのは人の冒険話ばっか聞いてねぇで、テメェで見るに限る」
「…じぶんで?」
「俺は見られなかった海でもお前は見られるかもしれねぇだろ」
「………」
「ま、俺よりすげぇ旅出来る野郎なんて海賊王ぐらいだろうがなァ!!」
夢見てんじゃねぇぞ、なんて飛んできたヤジに妬むんじゃねぇよとやじり返してサイダーで残りのチリドックを口の中に押し込んだ。オーナーに足りねぇと飯を催促すればバラバラのパンとフランクフルトが投げてよこされたがテメェで作れということらしい。店やる気あんのか。
仕方なく厨房で適当に飯を作るかと腰を上げ、ああでもと、いつもの人を見下した目ではない、珍しく目を輝かせるチビににんまりと笑いかければ途端その目が俺を訝しんだ。
「お前にゃ無理だろうからやっぱ話してやろうか、俺の冒険一代いっでぇ!!」
「いらねぇよばかやろう!!」
スネを思い切り蹴り挙げられ呻いた俺に周りは盛大に笑いやがったが、当のチビだけはずびしと俺を指さして歯を剥き出し吠えた。
「おれがなってやろうじゃねぇか、かいぞくおう!!」
一泊の間を開け、盛大な笑いの渦に包まれた店で怒鳴ろうと顔を出したオーナーと俺だけがぎょっと顔を見合わせた。
馬鹿にして笑った賭博仲間をはっ倒したチビは、何となく、やらかしそうな気がしたのだ。これ、荒海を生き抜いてきた男の勘な。