暑いと寒いでは、暑い方がマシなように感じるのは産まれが南国を通り越し灼熱の国だからだろうか。

故郷の干からびてミイラになるには最適な気温が懐かしいが、この地獄は湿度が高いのが頂けない。これではミイラになる前に腐敗してしまう。こめかみを伝う汗を拭っていると、すっかり汗臭くなった囚人服が鼻につき顔を顰めた。加齢臭に過敏になる年頃である。

茹だる暑さの中元気な若者を尻目になるべく風通しのいい場所で横になっていると、がこんと音を立てて鉄格子が開かれる音がした。

拷問か新人か、何気なく視線を向けると不満そうな看守がぎろりと俺を見て薄い唇を開いく。

「ナマエ、出ろ」

はて、自身の拷問には随分日があるはずだがと首を傾げるが人権を奪われるこの地獄で拒否権があるわけもなく大人しく焼けた鉄格子をくぐった。

そうして引きずられてきた看守室で、どうも記憶に面影がある男が不機嫌そうに顔を出し再度首を傾げる。

「捕まったのか、間抜けだなァ」

「てめぇと一緒にするんじゃあねぇよ」

記憶にない、顔を横断する一文字の傷に左腕の鉤爪。可愛げの無い面構えは相も変わらずだが、記憶よりも年を取った分悪人相だ。

さっさとしろと記憶と変わらず敬いの欠片も無い声に渋々手の関節を外し、繋がれた手錠から脱出すれば横の看守がぎょっとした顔を見せたがそのまま手錠を押し付け薄汚れた囚人服のシャツを脱ぎ捨て歩き出す。

「で、俺は何で出れたんだ」

「七武海になった」

「…はっ?」

それ以上は何も言わずに先を歩く黒いコートは見るからに上等だが、獄中で聞いた限りの噂話でクロコダイルの名はあっただろうか。七武海になると言うことはそれなりの悪評を上げたということだろうが、はてこいつがそんなタマだったか。

「なんだって七武海になってんだ」

「………」

「俺が捕まったってよく知ってたな」

「………」

「その傷はどうしたんだ」

「ウルセェのは相変わらずだなテメェは!少しは黙れねえのか!!」

「あ゛ァ!?」

「あァ!?」

がるる、と短気さはそのまま歯をむき出して唸りあうところを見るとガキの頃と大して変わっていないらしい。図体ばかりデカくなりやがってと、いつの間にか自身と大して変わらない目線が無性に腹立たしくていらっとした気持ちそのままこめかみを殴りつければ七武海になったと言うだけあって避けられたのでそのまま足を払っておいた。

「…てめぇ…!」

「はっ」

こめかみに青筋を浮かべた元チビが覇気を滲ませながら俺を待たせていた船に押し込み、ついでにシャワールームにも押し込まれようやく汗と加齢臭とおさらば出来た俺が真新しいスラックスに着替えた頃にはあの地獄は随分と遠目に影が見える程度になっていた。

随分と重厚で無骨なソファに腰掛けながら俺より偉そうにふんぞり返る元チビに声を掛ければ葉巻をシガーカッターに通しながら鬱陶しそうに元チビは視線を寄越した。

「…ポーカーならしねぇぞ」

「なんで分かった」

「ほんっとに相変わらずだなテメェ…」

心底諦めたような面をした元チビは、後でなと炙った葉巻を口にした。その面を見るのは果たして何年ぶりか、ふと年月を数えてみるが皆目検討もつかなかった。そもそも今が何年かも俺は知らない。

ふんぞり返る元チビの向かいのソファーに体を投げ出すと葉巻の薫りが鼻腔を擽る。

「おいチビ、サイダーかラムネねぇのか」

「酒ならあるぞ」

「いらねぇ」

「だろうな」

子供舌も相変わらずかと、馬鹿にしたような声にいらっとしながら睨みつければ余裕ぶった憎たらしい面がにやりと挑発的な笑を浮かべた。その顔に走る横一文字の傷は、まだ古傷と呼ぶには新しい。

よくよく見れば、他にも瘡蓋程度の小さうな傷が襟元や袖口から覗いている。

誰かと派手にやりあったんだろうなぁと邪推していれば、それに気づいた元チビが不満気に顔を顰めた。ジロジロ見てんじゃねぇよ、といった具合だ。

「…でっけぇ傷だなァ」