「どう考えても可愛くないガキだよな」

「うるせぇおっさん」

「お…っ!?」

そんな会話と軽い暴力を挟みながら、ようやく帰りついたボロい借家のドアを蹴破るように開け、上着を脱ぎ捨てベッドにダイブ。今日も代わり映えしない一日でした。その横でもぞもぞともう一つのベッドに潜り込んだチビを一瞥し、くあ、と欠伸を零す。朝飯は何を食いに行こうか、なんて特に予定もない明日の日程を組み立てる。食いに行こうにも、あの店もこの店も食いあきた物ばかり。

たまにはこう、違うものが食べたいよなと寝る体制を整えたチビをちらりと見やった。

「おいチビ、テメェ飯ぐらい作れねぇのか」

「なんでおれが」

だよな、と当たり前の答えに納得しながら寝返りを打つ。ちなみに使われることの無いキッチンは見事に薄汚い。











ぶらぶらと暇をつぶす様にふらついた足で、今日も今日とてクソジジイの店に行くかと日の暮れ始めた道を進んだ。賭場兼飯処というなんとも便利のいい店だ。ただしオーナーはクソジジイ。

ちなみにあのチビはチビで朝からどっかほっつき歩いてるが、腹が減ればそのうち店に顔を出すのが日常だ。

そろそろ一稼ぎしてツケでも払うかと思いながら、傷だらけで趣味の悪いアンティーク調の重苦しい扉を開ければけたたましい程の喧騒が出迎える。

「よお、遅いじゃねぇかナマエ!」

もう始めてるぜ、と配られたカードを手に仲間の一人の声が上がる。カモが来たぜ、と誰かの野次も続いた。

「先に飯くれクソジジイ」

腹減った、と喧しい仲間に中指を立ててカウンターに座れば待ってましたと言わんばかりにジジイがにやりと笑う。先にコーヒーが渡され、ポーカーの行く末を眺めながら待っていればテーブルに出される飯。

「…新しいコックでも雇ったのか?」

「あァ、そんなとこだ」

「ブッサイクな飯だなァ」

一応形にはなってるオムレツと、焦げた肉と、パンとスープ。大ぶりに切られたサラダはいっそちぎる事をオススメしたい。

「ツケも払ってねぇ分際で文句言うんじゃねぇよ」

「別にいいけどよォ」

とりあえず口に運んだオムレツは、ブサイクな見た目の割には美味かった。

「食えるだろ」

「食えるな」

むしろ食堂の味に飽きてた俺には逆にいいかもしれない。例えるなら、料理のできない女が初めて頑張った夕食、と言ったところだ。

特に文句もなく飯にがっつけばにやにやとオーナーが気持ち悪い顔で俺を見ていて、思わず睨み返す。毒でもはいってんのかと聞けば、いいや、と白々しい返答。

「おう、チビも来たのか」

喧騒に紛れて鳴ったベルに振り返れば、いつもの憎たらしい面したチビが横に腰掛けた。背が足りずに食いにくい高さまでしか顔が出ない卓上に、ほらよ、とオーナーがジュースを置く。いつもの流れである。

そのストローを口に運びながら俺の手元を見たチビが、ぎょっとしたように突然むせた。

「てめ、汚ねェ!!」

「げほっ、ナマエ、その飯…っ!」

「あ゛ァ!?」

これがなんだってんだ!と言えばオーナーを見るチビにニヤリと笑うオーナー。あァ?と妙なアイコンタクトに勢いを失い首を傾げながら、ジュースの被害を免れた焼きすぎの肉を齧った。

「新しいシェフだと。下手くそだが味は悪くないぜ」

お前も食うか、と肉を差し出せば全力で首を振られ、少しばかりイラッとしながら差し出したばかりの肉を口に放り込んだ。昔乗ってた船のコックの味を思い出す。あれはコックというよりおかんだった。

そうしてチビは黙ったまま俺が飯を平らげる頃、チビに出された飯に再度首を傾げだ。

「おい、なんでチビにはいつものなんだよ」

「新人の飯が出せるのはテメェぐらいだからなァ」

「俺ァどういう扱いだってんだ」

コイツもどうせ俺のツケじゃねぇかと唸るが、ジジイは慣れたもので鼻で笑いやがる。その背後で、クラップスやるぞとダイスを投げつけられさっさと席を立った。どうせチビも食い終わったら寄ってくる。

「今日こそ勝ってやる」

「昨日クロコダイルに散々やられたからな」

保護者から採算取らせて貰うぜ、と笑った賭博仲間に親指を下げた。

そうしてさんざん騒ぎ、珍しく温かくなった懐はすぐさまオーナーにぶんどられ、気分がいいんだか悪いんだか分からぬまま酒を煽り帰路を歩く。いつものように後ろを付いて歩くチビもオーナーに持たされた残り物のフライドポテトを齧り、気だるげにその目を瞬かせた。その頬にケチャップが付いていることは面白いのでもう少し黙っておく。

「はー、たまにゃああいう飯もいいな」

「…あんなののどこがいいんだよ」

「さあ。なんかいいんだよ」

「…そうかよ」

「そうだよ。ジジイの飯よりよっぽどいい」

だらだらと歩いているうちに、ふと背後の気配が遠のいたことに気がついて振り返るとチビはずいぶん離れた所で立ち止まっていた。おーい。声をかけと、いつもの愛想のない声でうるせぇとのこと。

あァ?と首をかしげながら来た道を戻りその顔をのぞき込むと、耳まで真っ赤なチビの顔がぎょっと身を引いた。

「……熱でもあんのいっでぇ!!」

「うるせぇみるな!!」

思い切り脛を蹴りあげられ、こンのチビ!!と怒鳴りつけると同時、家までの意味の無い徒競走が幕を開けた。今日も、代わり映えのない一日で終わりそうである。