今日も絶賛活躍のアイアンクローに寝起きから盛大に叫んだ。

「いいいぃぃぃやああぁぁぁ!!」

「フッフッフ」

ベッドからおりてもないんだから今日はまだ何もしていないはずだと叫んでも若はこめかみに青筋を浮かべて笑うばかりで俺は叫ぶばかり。なんなんだこのブラック企業!と叫べば裏稼業やってるからなあとどうでもよさげに帰ってきた。身も蓋もねえ。みしみしと軋む頭蓋骨の痛みは普段の3割増しで馬鹿力この野郎!と悪態つこうにも痛みにより遮られた。

「なんなの若!マジ理不尽んんん!!」

「むしろ一日単位でしか働かないお前の頭が理不尽だ」

そう言ってぱっと離され骨と石灰岩がどうこうして見事に形を変えた床とぶつかり合って脳にいい感じに響いた。来た。今日のは来たと身悶える。二日酔いの体になんて事しやがる吐くぞと言えばひょいっと便所に押し込められて便所の床とこんにちはしながら這いずって無駄に広い部屋の無駄に豪華なそこに顔を突っ込んだ。少ししてすっきりと水を流す。

ちくしょう、酒なんて嫌いだ。

洗面台でうがいをしてから部屋に戻ればソファーに腰掛けた若がいつも通りに笑って不機嫌ですオーラを放っていたので回れ右したら体が勝手にもう一度回れ右をした。容赦なく食い込む糸が痛い。

「フッフッフ」

「あっはっは」

俺なにしたっけなーと視線を彷徨わせても生憎昨日の記憶がよみがえらない。辺鄙な居酒屋で酒を飲んだのは覚えている。なにしたっけなー。

「あれほど言ったよなァ、ナマエ」

そう言った若がされるがままに近付いた俺の頭に再度掌をぴとりと置いた。それに痛みと恐怖が甦り、大袈裟なほど身を竦ませればにやりと笑みを深める若。どこからどう見ても悪い大人です。だがそれを言う訳にもいかない俺はどこからどう見ても悪い人に追い詰められる可愛そうな人だ。

本当なにしたのだろうか昨日の自分。

「お前がしてはならない三カ条を言ってみろ」

「え」

えー、と耳タコなほどに言われたことを思い出す。ひとーつ、むやみやたらに子供を誘拐しません。ふたーつ、むやみやたらに手籠めにしません。みーっつ。

「酔っぱらってローに近づきまぎゃあぁぁぁぁ!」

「フッフッフッフ!」

割れる!頭が割れる!抵抗しようにも自由の利かない身体は嫌みにもだえることもできずに走馬燈を見た。ぐーるぐーると記憶が回り、あ、と実に間抜けに昨夜を思い出す。そういえばーなんかー酔っ払って帰ってきてーえっとー。泡吹きそうな現実から逃れるように考えようとしても口から死にそうな声が溢れるばかり。死ぬ。これ死ぬ。

「さあ、何をしたか言って見ろ。フッフッフ、なあに、心配するな死にはしねえ」

「死ぬより恐ろしいことが待ってるんですねわかりあだだだだ若待って死ぬそれ死ぬ」

叫び疲れてぐったりして来た頃に漸く離れた手のひらに思い切り脱力したら糸は支えてくれずにぐしゃりと床とご挨拶。

さあ言えとソファーでふんぞりかえる若が怖いので脱力したままごろりと仰向けに寝返りを打った。

「昨日でしょ?飲んでー帰ってー無性にローのかわいい寝顔が見たくなってー」

「フッフッフ」

「部屋に忍び込んで見たらローが起きてたもんでじゃあ夜食でも食わせてやろうと持っていた果物をローにやって、あれ、なんで果物とかもってたんだっけ」

「フッフッフ」

「何の疑いもなくそれかじったロー可愛い可愛い思ってたら…あれ、そういや固まってたな。ん?」

がばりと勢いつけて起き上がれば若のかかとに再び沈められて背骨からしちゃいけない音がした。踏まれるなら幼女が良いうおおおおっと悶えていれば本格的に3メートル越えの体重をかけられそうになって黙った。ちょっと冷や汗が出た。

「フッフッフ、ローがなァ、朝起きたらひんひん泣いてやがった」

「え、なにそれ見たいはいすみません黙ります」

「悪魔の実食わせるたあどういう了見だ言ってみなフッフッフ」

「若笑い声が語尾みたいになってるそれ以上踏まないで若カッコイー」

「フッフッフ」

あーそういやあれ果物じゃなかったわ悪魔の実だったわと仕事ついでに見つけた記憶を思い出した。オペオペの実とか、医者ぶっていたいけな子供と大人のお医者さんごっことかちょっと手足切り離して鬼畜っぽく虐めたりとか図鑑に書いてあった能力だけでも拉致監禁洗脳なんでもありじゃーんうへへへと思って持って帰ったわ。あーマジか鬼畜へのキャラ転出来そこなったと凹めば思い切り踏みつけられてカエルが潰れたような音が出た。また吐きそう。ぐえ。

「オペオペの実なんだからいいじゃーん」

「マトモな実か」

「マトモもマトモ」

「よかったな、碌でもねえ実なら問答無用で首ちょんぱだ」

「若、それ年齢出るよ」

がすっとわき腹を蹴り上げられちょっと体が宙に浮いた。どうしてこうもうちの若はバイオレンスなんだと内臓の位置が動いたような気がするわき腹を押さえてのた打ち回っていたらずしりと若が馬乗りになって俺を取り押さえる。え、やだ犯される?と青ざめれば誰がてめえを犯すかとドン引きされてなんか傷ついた。俺のガラスのハート、プライスレス。

がちゃりと頭上でドアが開いて、首をひねれば目元を真っ赤に泣き腫らしたローがいた。

「…ナマエさん」

「おー、ローから来るとは珍しちょ、若体重掛けないであんた俺の何倍あると思ってんの!」

「フッフッフ、何倍もねえよ失礼な野郎だ」

よお、ロー。お前の仇は取ってやるぜと若の爽やかな笑みが怖い。内臓出ちゃういやんやめてぇーと猫なで声を出したら思い切りどつかれた。そういうの教育上よくないと思うの。

「酒も飲めねえ体にしてやるよ、フフフフ」

「ロー…助けて…」

ゾンビよろしく腕を伸ばして縋ってみたら、ま、待って、とローがちょっと泣きそうになりながらおずおずと口を開く。その間腕を止める若は、ローに甘く俺に厳しい。現実が辛い。

あの、えっと、と普段生意気な子供がもじもじとする姿というのは命の危機であってもにやけてしまう。空気も読まずかーわーいーいーと言えばもう一発どつかれた。やべえ今死んだじいちゃんと再会した。

「…ナマエさん、俺の事嫌いになった…?」

「は?いやいや、俺はローが大好きよ。なぁ若」

「フッフッフ、どうしたロー。気持ちわりいならこの場で殺してやるが?」

「え、若ったら酷い…」

ほんとに?と涙目で首を傾げたローに息子さんが元気になりかけて若の覇気に即効萎えた。ほんともほんと。若覇気やめて泡吹いちゃう。

「よかった…!」

そう言って珍しく笑顔で逃げて行ったローを大人二人で見送りながら、なんだったんだと首を傾げた。嫌われてなくてよかったんだとよ。俺なんかしたっけ。さあ。馬乗りになられたまま会話して、やる気を削がれたのか若が俺の上からようやく退いてくれた。

「フッフッフ、ローは嫌われたと思って泣いてたってことかァ?」

「なんでそんな結論になったんだ?」

「さあな。フッフッフ」

「全部は思い出せねえんだよなあ」

「次酔ってローに近付いたら金玉もぎ取るからな」

きゅ、と想像して息子が縮まった。二度としませんごめんなさい。



ちなみに、午前九時の出来事である。