「誰アンタ」

べぇ、と突き出された舌にまず思ったことは、嘘つき、だった。その次に癇癪に近い怒りを覚えて、追いかければ逃げられ、にやけた顔で恐らくメアリーという名であろう幼女に差し出された飴を見た時には堪忍袋の緒が切れて、さくっとその飴を真っ二つにした。悲鳴を上げて逃げ出した恐らくメアリーを呆気にとられたように見送って、見開いた目のまま俺を見上げる。記憶の顔より幾分若いが、間違いなくお前だ。この嘘つき野郎。

「え、ちょ、なに」

今のどんなマジック、と呆けた声を上げたこいつに思い切り頬を吊り上げて笑ってやれば、誤魔化すようにナマエも笑う。ははは。乾いた笑い。

ガキの頃、一度だけ己の未来を垣間見た。

煌びやかな建物に、広い部屋に、上等な服。美味い食い物が惜しげもなく差し出され、つき従う部下もいた。ここはどこだ、と戸惑うばかりの俺に差し出された飴の味は、もう覚えていないけれど。

「若はめーっちゃ大物になるよ」

そう言って抱きしめられた感覚は、覚えている。

ゴミ溜めみたいな場所でクソみたいな辛酸を舐めて生きていた最中に見えた一抹の希望だった。夢か幻想か頭がイかれたか。何でもいいが、縋って生きるには上等な代物だった。

必ず手に入れてやる、その未来。

辛酸すら飲み干して、今に見ていろと最低な現状すら笑えた。そうして飛び出した海で力と地位と金をひたすら求めて、見つけた顔に、いよいよ笑いが止まらなかった。あの未来がようやく手に入る、そう思ったというのにこのクソ野郎。

何が、仲間になるよだ。

サングラス越しに視線が絡み合い、あれ、俺殺される?と呑気に小首を傾げたナマエにフッフッフと笑ってやれば、ナマエは再び逃げようと足に力を込める、が。

「あ、あだだだだ!!」

なんでアイアンクロー!!?そう叫んだ男に笑い声だけで返事をしてやって、もがく体を頭で引きずって歩けば叫びながらもついて来る。最初からこうしとけばよかったんだ、こいつに優しくしても意味はない。そう言えば記憶でも発言のおかしな男だった。出会い頭のアイアンクロー?馬鹿言え。酒場でも広場でも道端でも優しく口説いてやったというのに気にも留めなかったお前が悪い。この俺を相手にもしなかったお前が悪い。

「ちょ、マジなんなの!!誰アンタ!!」

「…ドフィ、それは誰だ?」

辿りついた船でいよいよ痛みに涙すら浮かべた男を放り捨てれば、ヴェルゴが首を傾げた。ごち、だかがつ、だかわからない音を立てて甲板に顔面強打したナマエは言葉にならない呻き声でのた打ち回っている。

「フッフッフ、仲間にする。逃げようとしたら捕まえろよ」

「わかったよ、ドフィ」

「ぐえっ!!!」

ごすっと腹に落とされた竹に呻いて、あいつ今逃げようとしたらって言ったじゃん!俺まだ悶えてんだけど!!と抗議の声が上がった。そうだった、お前はまだ逃げようとしていなかった。よーし上等だその喧嘩買った。

一方的に怒鳴るナマエに、馴染むの早いなおいとツッコミもそこそこに、さてと先について思考を巡らせる。あの未来を手に入れるにはどうしたらいいか。細かいことは後々のお楽しみだが、とにもかくにも煌びやかな未来だ。手に入れたいではないか。

ヴェルゴと暴れまわるこいつが唯一付き従う存在になるにはどうしたらいいか。

そこまで考え、ふと思いあたった。
垣間見た未来はもっと先のもので、それはこの男にとっても同じことで、自身にとっては過去であるがこの男にとっては未来の事であるからして。

「謝れコラ!」

「謝る必要はない、お前の方が新参者だろう」

「意味わかんねぇえぇ…!」

そうか、嘘つきでもなんでもなかった。だってこの男はあの約束をする前の男だ。

「…ま、いいか」

なんにせよ腹が立ったのだ。飴もくれない男に優しくしてやる義理もない。