「ナマエが俺にイイコを求めてたら」

もうちょっとはお優しい人間になってたかもなァ。俺の肩を枕に、上等な酒の入った上等なグラスを指先で弄びながら、ぽつりとクソガキが零した台詞に視線を上げた。

「…ふぅん?」

「フフ、あからさまに興味ねぇって面だなァナマエ」

昔、イイコを目指す健気な時期があった事を覚えているのかいないのか、クソガキは相変わらず上機嫌に身を揺らす。イイコもなにも、とその笑みを眺めながらクソガキの大層な通り名を思い出した。悪のカリスマが実はイイコでしたとは、なんとも愉快な思い出話になりそうだ。

「イイコでいたかったか、クソガキ」

「フフフ、まさか!イイコじゃ欲しい物は手に入らねェ」

「なら、いいじゃねぇか」

「相変わらず淡白な物言いだな、会話が終わっちまう」

そういう性格なんだと酒を煽れば、知ってるさとクソガキが笑う。煙草はいるか、酒は気に入ったか、つまみを持ってこさせるか。甲斐甲斐しく俺の世話を焼くクソガキを制し、ボトルに残る酒をグラスに注ぐ。相変わらず肩を独占する頭が重いが、当の頭は上機嫌に笑みを深め俺を見上げていた。

「ナマエは、俺がどうしてあそこにいたのかも、俺の親のことも、俺の過去も、全部聞かなかったろ」

「ん?」

「ナマエは未だに、俺が何者かも知らずに俺をクソガキ扱いしやがる」

「なんだ、気に入らねぇか」

まさか、と大袈裟に肩を揺らしたクソガキが小さく笑い声を零し、そこがいいと笑みを深め指を曲げてみせた。引きずられるように持ち上がる腕に瞠目すれば、腕は導かれるままに反対の肩を目指し、その肩を占領する金髪へと指先を伸ばす。

「ナマエは、俺が何者で、何をしようが気にもとめねぇ、クソガキ扱いするだろ」

「うん?」

「お前のせいだぜ、ナマエ。ナマエがもう少し俺にイイコを求めてたら、多分、もう少しは世界が平和だったろうに」

ふぅん、と相槌ともとれない声を返せば、大人しく頭を這う指を感受するクソガキがくつくつと喉を鳴らした。自身の手が自身の意思を伴わずにクソガキをあやす。

「俺のせいで世界が平和じゃないとは、とんだ濡れ衣だ」

酒が飲めない体制に、やれやれと脱力すればクソガキともたれ合うように体が動く。どうやら体の自由は完全に奪われてしまったらしい。

「そうでもないぜ」

人の自由を奪っておいて悪びれる素振りもない、可愛らしいイタズラのように振舞うこのクソガキはどう転んでもイイコにはならなかったのではないかと、細められた瞳をサングラス越しに見下ろした。

ああ、酔ってやがるなァ。幾分覇気のない、まどろむ瞳に甘え上戸かと少し笑った。

その笑いをどう受け取ったのかは知らないが、頬をなでた手のひらに擦り寄ったクソガキが、そんぐらい、とそっと目を閉じる。

俺にとってお前は、そんぐらいデカイってことだ。

「………ふはっ」

ぱたりと動きを止め、解放された体が堪えきれずに小刻みに震えた。

どうやらクソガキは、俺が思う以上にクソガキで甘えたのままだったらしい。歳を食って甘え方を知っただけに、もしかしたら昔よりも。

こりゃあしばらく旅の再開は出来ないかもなと、自由になったはずの手で寝息を立てるクソガキの柔らかな金髪を撫で続けていた。