それは、仕事で貴族の住む繁華街近くにクソガキを連れ紛れ込んだ時のことだ。

「いい子だから泣くんじゃないの、いい子ね、いい子」

そう言ってグズる子供を宥める親。それを眺めながら、クソガキが言った。

「イイコじゃなきゃ、どうだってんだ?」

どうって、そりゃあ、どうだってんだろうな。いくら自身の記憶を思い返したところでいい子だとか言われたことがない俺に分かるはずもないが、気難しそうな母親が必死に子供を宥める姿に多分、とクソガキの問に答えを吐き出す。

「イイコじゃなきゃうちの子じゃありません、ってとこじゃないか?」

思えばここら辺から、クソガキがおかしかった。

「みろよ、ナマエ!」

おれがとってきたんだと、クソガキが自慢げに金のネックレスを掲げた。また懲りずに、と思いながらも、すげぇじゃねェかとクソガキに言えば気にそれは気に食わなかったのか子供は微妙な顔をして走って行った。

「おれもつれてけ!」

「今回はだめだ」

もうちょっと簡単な仕事の時になと諭せば、あいつより役に立つと山賊野郎を指差したものだから腹を抱えて笑ってやった。そうかもな、と頭を撫でてやればふて腐れた顔をして走って行った。

家に帰れば不細工な飯が並んでいたこともあった。何でもかんでも、おれがやる。ナマエはひっこんでろよ。そう言うクソガキにいつからそんな世話好きになったのだと首を傾げても、クソガキはいつも通り笑うだけ。フッフッフ、なぁ、おれはイイコだろ。その笑みにそうだなと肩を竦めれば、それも気に食わなかったのか、どうしたらイイコなのだとドフラミンゴが寝転がる俺の腹の上を陣取った。そこでようやく、最近の行動は“イイコ”を目指していたのかと合点がいく。

「なんだってそんなイイコになりたがるんだ、クソガキ」

周りに比較するガキがいるわけでもない。ましてやイイコを求める大人もいない。そんな環境で何故と首を傾げれば、だって、とクソガキが唇を尖らせた。

「イイコだったら、ナマエのガキになれるんだろ」

「あァ?」

そりゃどんな理屈だと、眉を挙げれば食い下がるようにクソガキが俺の腹の上で俺を覗き込む。いってたじゃねぇか、イイコじゃないならうちのコじゃありませんって。

「イイコなら、うちのコなんだろ」

「…ガキの頭ってのは恐ろしい考え方をするな」

やれやれと寝転がったまま額を抑えれば、なぁ、とクソガキが追い打ちをかける。なぁ、おれはイイコか、ナマエ。目元を覆った指の隙間からそのガキを見下ろせば、むっつりとへの字に折れ曲がった唇。珍しく吊り上った眉。やれやれと、額を抑えたままため息を一つ。このガキは、頭の出来はいいのにどことなく馬鹿だ。

「そんなにイイコになりてェのか、クソガキ」

「なりたい」

力強く即答したクソガキは、どうしたらイイコだとシャツの胸元を引っ張るように握りしめた。どうしたら、と言われてもなぁとイイ人でもない俺に聞くのは間違っているとこのクソガキが気付くのは果たしていつになることだろうか。しかし、イイコになる方法は知らない俺でもクソガキの質問の意図ならばわかる。

「イイコになっても、俺のガキにはなれねぇよ」

そう言えばサングラス越しの真ん丸な瞳がさらに真ん丸に見開かれ、幼い体が息を詰めた。そうじゃねぇか。どう足掻いたってお前は誰かと誰かの子で、俺の子ではない。俺の子ではないが、一緒に居る。無理してイイコになってまで、俺の子になる必要もない。

「イイコにならなくていいから、クソガキはクソガキらしく笑ってな」

「…………」

そう言えば見る見るしおらしく勢いを失っていくクソガキに、少しばかり言葉が足りなかったかと垂れた頭に目元を覆っていた手を乗せた。ぐしゃぐしゃとかき回す動作も随分と手慣れたものだ。

「イイコじゃなくても、笑ってるお前が、テメェのガキみたいに大切だっつってんだ」

馬鹿なガキだなと笑ってやれば、驚いたようなガキが再度俺を覗き込んだ。その頭を胸元に抱え込む様に抑えこみ柔らかな髪を指先で弄ぶ。ほんとか、とくぐもった声を上げたクソガキに、言ったろ、と腹の上の重みを感じながら瞼を下ろした。

「お前が飛び切りのクソガキになっても、捨てやしねェよ」

ほんとだな、と腹の上のクソガキがにんまりと笑った、気がした。