引っ張られた裾に首を傾げれば、むっつり顔のクソガキと目が合った。

「あ、あの…お子さんですか…?」

控えめな女の声に視線を上げれば、再度引っ張られる裾。

「なんだ、クソガキ」

「………」

むっつり顔のクソガキが、その一言に余計へそを曲げたらしく口がへの字を描く。

女が再度、あの、と声を上げたものだから視線を外せば更に強く裾が引かれた。

「ああ、何の話だっけ?」

手入れの行き届いた金髪が、風に揺れる。ゴミ山に似合わない上等なドレスが薄汚れはためいた。

「あの、私、あなたにもう一度会いたくて」

そう言った女ははたして誰だったか。出で立ちは貴族のようだがなと首を捻り、貴族、と思い当る記憶。

「ああ、あんたあの貴族の娘か」

はい、と恭しく頷いた女は、山賊のツテで仕事を請け負った貴族の娘で間違いないようだった。

これ程ゴミ溜めの似合わない女もそう居まい。そう思わせる程の、美しい娘。そもそもよくここまで辿り着けたものだと妙な関心を覚えながら、ふうん、と相槌にもならないような声を零せばまた引かれる裾。

不機嫌さを隠すこともしない子供が、睨むように俺を見上げる。

「…わたし、」

「ナマエ!」

何かを言いかけた娘を遮り、焦れた様に子供が声を荒げて俺を呼んだ。それに驚いたように娘が続けようとしていた言葉を飲み込み、子供が強く裾を引く。ここまで不機嫌なのも珍しいと、目線を合わせる様にしゃがみ込めばふくれっ面に睨み付けられた。怒らせる心当たりはないがなと思いながらもう一度、なんだと子供に問いかけた。

「はらへった、いこうぜ」

「うん?」

さっきパンを食ったばかりだろうと言いかけて、これ以上不機嫌にするのは面倒だと言葉を飲み込んだ。背後でさらに言葉を言い募ろうとした女を、まるで子猫が威嚇するように子供が毛を逆立て睨みつけたのだからなおさらだ。睨まれた女は察したように、悲しげに顔を俯かせ、消え入りそうな声で、
何でもないですとだけ呟いた。面の皮が厚い貴族の娘にしては、随分と気立てのいい娘らしいと俯いた顔をしゃがみこんだまま見上げる。涙ぐんだ瞳と赤く染まった頬。ここまで来て察せぬほど鈍くはない。まだ若いがこれからいい女になりそうなのに、随分と勿体無いことをすると自分にため息を一つ。

「…送ってやるよ」

そう言って立ち上がった端から再び引かれた裾。見らずとも想像がつくが、一応視線を下げれば案の定のふくれっ面に小さく笑った。

「あいつが」

指さした先の、興味津々で覗き見と洒落込んでいた山賊が俺か!?と悲鳴を上げた。

「…分相応って言葉があってな、俺にゃアンタは勿体無いらしい」

ひらりと後ろ手に手を振って、娘に背を向ける。ほら行くぞと子供の背を膝で競りやり、よろめきながら足を踏み出した子供の手を引いた。

どこか不満げな子供が俺を見上げ、その顔を煙草を銜えて見下ろす。

ナマエみたいなの、すけこましっていうんだろ。不機嫌さはそのままにそう言った子供にやれやれと首を振り、どこでそんな言葉を覚えたんだと脱力した。

「嫉妬か、クソガキ」

「ちがう、ばか」

「腹減ったなァ」

「さっきくっただろ」

「…お前、日に日に可愛げがなくなっていくな」

ご機嫌斜めなまま治らないクソガキに紫煙を吐き捨て、ついでにため息も吐き出した。