子供というのは、自身とて一度は子供だったとはいえ、実に分からない。

「ナマエなんか、キライだ」

キライ、ダイキライ、いつもの笑顔をひっこめ、今にも泣き出しそうな顔で、言った本人が傷ついているような声で、シケモクをふかす俺に子供が言った。

「…あァ?どうした、クソガキ」

いきなりなんだ、と首を傾げれば、もう一度子供がキライだと言う。はて、俺はこの子供の機嫌を損ねるような事をしただろうか。首を傾げても、心当たりは無い。

くしゃりと顔を顰めて、子供がもう一度口を開く。

「キライだ、ばか」

キライならば、服の裾を掴む小さな手を離せばいいのに。

「そりゃああれだ、反抗期だろ」

山賊上がりの男が、貴族からくすねてやったと自慢げに持ってきた酒を交互に煽り、代わりに海軍からくすねたタバコを一箱渡した。これも、貴族との裏のパイプラインを確立しつつあるこの男が細々とした仕事を持ってきだしたおかげだ。汚れ仕事をして金をもらい、ついでに少しばかりのおまけも頂く。報復を気にしなくていい分、汚れ仕事にしては安い報酬でも十分だった。最近は夕飯のパンにスープがつく。

この男は性根がクズなだけで、別段嫌いではない。こうして取引ができるほどには、この粗悪な環境で肩を並べて生きていた。

「酒も久々だな」

「タバコも久々だ」

「また頼むぜ」

「そっちもな」

最後の一口を飲み干して、山賊上がりの男が腰を上げた。足りねぇなァ。ボヤいたところで酒は中々手に入らない。

手元に残ったタバコの箱を確認し、さてと自身も腰を上げた。

そろそろ帰らねば、ゴキゲン斜めな子供が余計にへそを曲げてしまう。

そう思い足早に辿り着いた、家とも呼べないねぐら。立て付けの悪い戸を開けるが、そこに、子供の姿がなく首を傾げた。気配がない。どこかに行くとは聞いていないが、争った形跡もない。

不信感を覚えながら、開いたばかりの戸を占めた。

あの子供が行きそうなところはどこだ、と思案しながら足を動かせば、大して思案する間もなく裏のゴミ山の影にちょこんと蹲った後ろ姿が視界に入った。なにしてんだ、と口を開こうとして、その周りに転がる二つの木箱に目がとまる。次いで、子供が咥えたそれにも目が止まった。

「背が伸びねぇぞ、クソガキ」

「ナマエ!?」

俺も吸い出して成長止まった気がするしなァと、その子供が咥えたそれをひょいと奪えば、子供らしく驚いた表情が俺を見上げた。ボロボロのグラサン。しばらく前に傷つけて以来、新しい物がなかなか手に入らない。

足元に転がる吸い殻が、今日初めてタバコを吸ったわけではないことを示していた。

見れば、木箱の中に無造作に突っ込まれた酒やタバコや宝石や金。よくもまあこんなに、いつの間に、と驚きに目を瞬かせれば子供が弾かれたように俺の服の裾を掴んだ。

「あ…」

「なんだ、別に盗らねぇよ」

「……っ」

なにか言い淀む子供に、再度首を傾げた。

裾を掴む手を見れば薄汚れた腕に傷が垣間見える。気付かなかったなとその手を取って、目線を合わせるようにしゃがみこめば、ボロボロのグラサンの奥に子供らしい瞳。

「なんだ、不満事か?」

それでもタバコは少し背伸びし過ぎだなと奪ったタバコを咥えふかせば、俺が好んで吸っていた銘柄だった。久しく手に入っていなかったその匂いを肺に押し込み、吐き出す。

それでも何か言い淀む子供に、ん?と小首を傾げ先を促せば、かえせよと子供が小さく言った。

「おれが、とってきたんだ」

「背が伸びねぇぞ」

「べつに、いい」

「良くはねぇだろ」

「いいってば!」

珍しく声を荒らげた子供に数度目を瞬かせれば、はっとしたように子供が息を呑んだ。

「あ、ちが…」

「…ドフィ?」

「ちが…くて…」

ぼろりと、グラサンの向こうで大粒の涙がこぼれ落ちた。

「…おい、どうした?」

ぼろぼろ零れる涙を必死になって拭おうとする子供。それでも止まらぬ涙にしまいにはしゃくりまであげ出して、とうとう堰を切ったようにわんわんと声を上げて泣き出した。

びいびいと初めて見る大泣きする姿に、今度こそ言葉を失えば子供がその涙に濡れた小さい手で再び服の裾をつかむ。

「ナマエの、ばかやろぉ…っ」

泣きながらもなお罵倒され、疑問符を脳内で飛ばせば、ばか、ふざけんな、きらいだと更に罵倒の言葉が続く。ここまでこの子供に罵倒されたのは、初めてだ。

「ドフィ?」

「…っ…ナマエ〜…っ」

ぎゅうっと裾を握り絞める手が、篭り過ぎた力に白くなっていた。状況が良く飲み込めぬまま、その幼い体を抱き寄せれば酷くなる泣き声。訳が分からぬまま小さな背中を軽く叩いてあやし、ばれぬように首を傾げれば木箱が目についた。無造作に突っ込まれた、酒やタバコや宝石や金。いつの間に、こんなに。

「…お前がとってきたって?」

すげぇなァ。ぽつりと、呟く様に言えば、しゃくりを飲み込む様に子供が泣き声を止めた。おや、とその反応に子供の顔をなぞきこめば、涙にぐちゃぐちゃになった年相応の顔。グラサンをたくし上げる様に頬と目元を掌で拭えば、真っ赤に染まった目と頬が露わになり零れ続ける涙を堪えた。

「俺が仕事に行ってる間に集めたのか?」

「…うん」

「怪我はしなかったか」

「…ちょっと、した」

「随分集めたなァ」

「…っ、…いっぱい、とってくるっていったろ」

しゃくりを堪える子供に少し笑って、ここまで貯まるまで気づかなかった事に、そこまで仕事に精を出していたつもりはなかったのだがと気付かされる。

ぐしゃりと、久しぶりにその柔らかい髪を手のひらで乱した。

「やるじゃねぇか、ドフィ」

「…フフフッ」

ぐりぐりと小さな身体がよろめく程に力任せに撫で回せば、涙を滲ませたまま子供がいつもの得意げな笑みを浮かべた。こうやって撫で回すのも、少し久しぶりかもしれない。

頭に乗せた手を両手で掴んで、ドフラミンゴが言う。

「ぜんぶ、あげる」

「あァ?お前のだろうが」

「いい」

ここまで集めたのにか、と柔らかい髪を指先で玩べば、もう一度、いい、と子供が言う。

「もういらない」

「ん?」

「なぁ、もっかいいって」

「何をだ?」

「やるじゃねぇかって、もういっかい」

「…やるじゃねぇか、ドフィ。すげぇよ、めっちゃすげぇ」

「フフフフ!」

満面の笑みを浮かべた子供に、今泣いたカラスがもう笑ったとつられて笑う。フィルター近くまで焼けたタバコを地面に押し付け火種を消して、木箱から新たなタバコを一箱抜き取った。

報復を恐れて燻っていたというのに、この子供は人の気も知らないで。

「帰るか、ドフィ」

そういってつないだ手は、確かに幼いのに知らぬ傷がずいぶん増えていた。フッフッフと上機嫌に笑う子供の手を引いて、互いに木箱を抱え帰路に就く。

「ナマエ」

「…なんだ?」

「キライなんて、うそだかんな」

ぎゅう、と握り絞められた手に片眉を上げて、俯いた子供のつむじに喉奥で笑った。

「知ってるよ、クソガキ」