「この、クソガキ…っ!!」

怒るナマエを見たのは、これが初めてだった。

ナマエの焦る顔も、怒鳴り声も、息を切らせた姿も、何もかも、ドフラミンゴにとって、これが最初で最後だった。











「もう一回、言ってみろ」

みしりと、首の骨が軋む手ごたえを感じながら、押さえこんだ山賊上がりの男を見下ろした。ひゅう、とか細い息を零しながら、掠れた声をとぎらせつつ男が言う。

「海賊の、噂話を」

話をしてやったら、ドフラミンゴが。

震える手で男が指さした方角には、ゴミ山を越えた先に海軍すらも寄り付かない入り江がある。ゴロツキどもが集まる入り江。噂は聞いていた。最近、ろくでもないのが上陸したと。そいつらが、とんでもない宝とやらを持っていると。

子供の姿が見えないと、気付いたのは日が傾きかけてからだ。

「おい、クソガキ?」

日頃自由にさせている子供は、子供らしく日が沈む前にはねぐらに戻ってくる。自身の仕事が無ければ日がな一日一緒に居ることだって珍しくない。当たり前だ。ここらはガキが一人で生き抜くには少々、条件が悪い。

「…ドフィ?」

それはあの子供も十二分にわかっているはずで、だがその姿はどこにも見当たらない。あのガキがそこらのガキより強いのは知っている。普段ならば、少し遅くなったぐらいでそう焦ることもないだろうに。

「おい、ドフィ!」

残念なことに、俺の感は、悪いモノほどよく当たる。

脇目も振らず駆けだしたその先の入り江を、嫌にデカい船が陣取っていた。普段ならば幾らか話が出来るゴロツキどもの姿は誰一人としていない。当然と言えば当然だと、上がる息を整えた。ろくでもないゴロツキにすらろくでもないと評されるのは、それなりに理由がある。

風吹かれる薄汚れたジョリーロジャー。渡しっぱなしのタラップに、見張りすらいない船。ああ、これは行ったなと自身もまたタラップに足をかけた。

それと、同時。

「あのガキどこ行きやがった!」

野太い怒声が船内から響き、ついで響く破壊音。ばたばたと忙しい足音が聞こえ思わずクソガキと舌打ちをした。急ごう。そう駆け出した矢先出くわした男を、声を上げられるより先に海へ突き落とす。馬鹿でかい船内を駆ける間も惜しいと、二つ三つの壁を蹴破った時だ。

「…っ、ナマエ!?」

男に刃を突きつけられる、クソガキがいた。

「この、クソガキ…っ!!」









「…ナマエ」

「……」

「なぁ、ナマエってば」

なぁ、と裾を引く子供の腕に何も返さず歩けば、なあ、とその声が再度弱弱しく背にかかる。痛む全身に日の沈んだ空。こんなに派手に暴れたのは何年振りだろうかと、大海原を旅していた時代を思い返す。あの頃から、先陣を切るのは得意だったが守る戦いは苦手だった。騒ぎに乗じて海賊を疎ましく思っていたゴロツキどもが乱入してこなければ危なかったなと、血が固まった髪をかき上げた時、なぁ、再度かかった声に視線を下ろした。

「おこった、のか?」

困った様な、顔色をうかがう様な笑みを浮かべ子供が俺を見上げる。その頬に走る刀傷に目が止まり、一人で海賊船に乗り込む度胸というか、子供の怖いもの知らずというのは本当に恐ろしいと妙な脱力感に見舞われた。なあ、と再度上がった不安げな声に視線を向けると、怒ってねぇよと返しても信じる気配のない子供が困った様に眉尻を下げた。

何で怒ってると思うんだ?そう問えば、子供は困った顔のままぼそりと、かえりがおそくなった、と言う。その答えに更なる脱力に見舞われ、そうだな以外の言葉を失った。帰って来れないのは確かに問題だ。

「…これからは帰られる程度にしとけよ」

ようやくどこか高ぶっていた力が抜けたらしい。唐突に煙草が欲しくなり、きっちり頂いてきた葉巻に火を付けた。葉巻よりは煙草がいいが、しょうがない。

昔乗っていた船の船長は葉巻派だったななんて、珍しく昔の事を思い出しながら紫煙を吐く。ナマエ、と未だ不安げに俺を呼ぶクソガキに、漸く笑みを零すことができた。

俺も昔は勝手に突っ込んで、よく船長に怒られてたっけ。

「いい獲物はあったか、ドフィ」

「…あった」

「なに捕って来たんだ」

「……ないしょ」

ふい、とそっぽを向くクソガキに妙な対抗心が沸いて、わざとらしくその顔を覗き込めばクソガキはわざとらしく身をよじって先に走った。

「ないしょだ!ばか!」

「おいおい、コケるぞ、クソガキ」

そうやって駆けていくクソガキは、結局最後までお宝を俺に教えてはくれなかった。