「お前、姐さんの前で、あんまり能力を使うんじゃねぇよい」

それは叱責や苦情というより、すれ違いざまの挨拶のように言われたものだからエースは聞き返すタイミングを逃してしまった。何故どうしてと質問する間もなく、言った男はさっさと歩いていく。

何度白ひげを襲撃しようともまるで子猫がじゃれているかのように扱われていたエースが、この船に乗り込み初めて受けた「忠告」だった。

姐さんと呼ばれる女性を、エースはきちんと見たことがない。白ひげと釣り合う巨体なだけに目立つが、それでもお互いに遠目に見たことがあるけだ。エースが襲撃する時には見計らったように離れていて、いつも古ぼけた仮面を着けている。その仮面にちょっと、気味の悪さを感じてすらいた。

その女性の前で能力を使うなとはどういう事なのだろうか。

火が苦手なのだろうか。獣じゃあるまいし。

律儀に斧や剣を振り回すようになりながらそんなことを呑気に考えているうちに、エースはなんとなく女性を目で追うようになった。姐さん姐さんと、ナースもクルーもよく慕っているがあまり部屋から出てこない。気味が悪いと感じていた仮面だが、その奥の瞳が酷く柔らかいことに気が付いてから素顔が一層気にかかる。

母親が生きていたら、こんな感じだったのだろうか。

ちょっとだけ、頭を撫でられ照れくさそうにしている「息子」を羨ましく思ってしまうようになっていた。

でも俺は、海賊王の息子だから。

羨む気持ちの反面、そんな卑屈な性格が顔を出す。我ながら面倒臭いジレンマだと感じながら、海賊王の息子だから、受け入れられるはずもないとうらやむ視線を何度も無理矢理剥がした。だけれど諦めが悪いのもまた性分のようで。

構って欲しい子供が悪さをして気を引くように、ある日の襲撃、エースは久方ぶりに炎を使った。白ひげの傍らに女性がいる事を知りながら、わざと。

「グラララ...ちぃっとオイタが過ぎるぞ、小僧」

それに怒ったのは女性ではなく白ひげで、怒ったのだと理解する前にエースは海に落ちていた。いつもよりも激しい水しぶきと、ぐわんと揺れる脳みそ。

白ひげの息子に救出された時には珍しく意識を失い、気がついた時には日を跨いでいた。

「だから言ったろ、火はダメなんだ」

そう呆れたように男は言ったが、その目にはエースを責めるような色を浮かべていた。

「ちゃんと謝っとけよい、姐さんが止めなきゃこんなもんで済んでないんだ」

「…なんで、ダメなんだよ」

「誰にだって触れられたくないことの一つや二つ、あんだろい」

そう言われると、エースは歯切れ悪く黙らざるをえなかった。