今日は少し火傷が痛むから、今夜はきっと雨だ。

そう見上げた空は清々しい快晴だったけれど、この海は瞬く間に文様が変わる。

少し、いやな夢を見た。

レイリーの怒声と、仲間達の叫ぶような呼び声と、ロジャーの真っ青な顔。

火傷が痛むせいだ。

久しく魘されることのなかった、昔の夢に深く息を吐く。この火傷を負わせた男の顔も、焼かれた肌の痛みももう朧気にしか覚えていないというのに炎に飲まれたあの瞬間の恐怖だけは未だ根深く心を苛む。

舐めるように這った炎の赤さと、轟々と空気を巻き込み呻る音。

火は苦手だ。

あの男の炎は武装色の覇気すら焦がしウェヌスを焼いた。

クロッカスの懸命な治療で一命を取り留めはしたものの、焼け爛れた肌は痛いだけでなく、醜かった。

どれだけ意地を張って気丈に振舞おうとも仲間の誰もが気遣ってくれた通り、辛かったのだ。

辛くて辛くて、それきり炎が怖くなった。

こんと、控えめなノックに肩が震えた。

「…なんだい」

「姐さん、オヤジが呼んでるよい」

「ニューゲートが?」

軋みがちな蝶番が鳴き、ひょっこりと顔を出したマルコが少しばかり胡乱げに片眉を上げた。

「どうしたよい、顔色が悪いみてぇだ」

「大丈夫だよ、少し寝覚めが悪くてねぇ」

「昨日も夜更かししてたんだろ?冬島も近いんだ、程々にしてくれよい」

「まるで子供扱いだねぇ」

まさか、とマルコが笑って否定を寄越しても、この船の家族はウェヌスに甘すぎて困る。

甘やかされることに慣れきって、意地の一つも張れなくなってしまいそうで。

「ねぇ、マルコ」

ベッドから足を下ろし、水差しから水を注ごうとしていたマルコに呼びかけるとその視線はついとウェヌスを見上げた。

「少し、炎を見せてくれないかい?」

「…大丈夫なのかよい」

「あぁ、マルコの炎は綺麗だから」

見せておくれよとねだると、マルコは少し遠慮がちに右手を翳した。

ぽっと指先に青い炎が灯り、指を伝い、掌を覆い、手首までが炎の羽となって揺らめく。

そっと指先を伸ばすと、ふわふわとした、羽毛のような柔らかさで指先を包みこむ青い炎。

「…マルコの炎は綺麗だねぇ」

そう言ってもマルコはどこか疑うような目でウェヌスを見上げていたけれど、羽の流れを整えるように数度青い炎を指先に絡めた。

煙管に灯したあの子の炎も優しくて、暖かかった。

目を細めたウェヌスが手を下げると、マルコの炎も人の皮膚へと戻っていく。

少しばかり心配そうな目がウェヌスを見上げていたが、幾らか気分の良くなった頭でウェヌスは微笑み返した。そんなウェヌスに呆れたように、マルコも小さく表情を崩して笑う。

「嫌いなもん、無理して克服する必要ないと思うけどね。おれは」

「嫌だよ、格好悪い」

はいはいと、マルコの安い返事が心地よくて、差し出されたグラスの水を一息に煽った。

「さて、ニューゲートが呼んでるんだったね。行ってくるよ」