「今日は行かなくていいのか」

かけられた声に、エースは寝不足気味の目をゆっくりと動かした。

リーゼントの男が、毎日懲りもせずにエースに寄越すパンとスープを携えてそこにいた。

一晩かけても、この船に居座っている間ずっと腹に抱え込んでいた思いが上手く消化出来ない。行く先が袋小路だと分かって逃げるネズミの気分だ。

「…いらねぇよ」

「そういうなよ」

「なんでそんなに構うんだよ」

「理由なんかねぇよ」

ほら、と無遠慮に差し出されたパンと、いい加減見慣れてしまった顔とを数度見比べ、昨夜の煙管を思い出した。

ぐうっと、眉根に力が籠る。

「姐さんに謝れたか?」

「……まだ」

「ははは、そっか」

お節介な男だ。白ひげもあの女性も、金髪もこの男もどいつもこいつもお節介な奴ばっかりだ。

どうせ本当のことを知れば、手のひらを返して軽蔑するに決まっているのに。

「お、マルコ」

「厨房で若いのが騒いでたよい」

「マジか、しょーがねーなー」

パンとスープを押し付けるように手渡したリーゼントが、どたどたと慌ただしく去っていく。その背を視線だけで見送って、ちらりと金髪の男のけだるげな目を見た。

「よお、今日は行かねぇのかよい」

にっかりと、なぜこの船の奴らはどいつもこいつもムカつく笑顔でエースに笑いかけるのだろうか。

「…怒らねぇのかよ」

「なにをだよい」

「おれ、謝ってないぞ」

「はは、面に書いてるからいーよい」

からからと笑い飛ばした金髪の男は、オヤジくさい動作でエースの横に腰を下ろした。当たり前のようにパンを取ろうと手を伸ばして来たものだから、思わず咄嗟にひったくる。

「なんだ、食うのか」

「………」

ちぇっとわざとらしい舌打ちに、エースの方が舌打ちしたい気分だ。

ひったっくってしまったパンを、渋々と、乱雑に食らいつく。

「…あんたらは、なんで白ひげをオヤジなんて呼べるんだ」

心からの、疑問だった。

懐疑と、嫉妬とが入り交じった何かが腹の底に居座って仕方がない。

この世界はエースに冷たかったから、こんな暖かな空間が目の前にぶら下がっていても手に入るはずがないと認めたくなかった。

期待してしまえば、あとが辛い。

期待してしまいそうな自分を押し殺しながら男をみたエースに何を思ったのか。男は少しの間、考えるように静かな顔をした。穏やかな、少し嬉しそうなその顔が、まるで別世界を覗いたかのような衝撃で網膜に映り込む。

考えて、考えて、その時間はエースにやたらと長く感じたがきっとそんなにかからなかったのだと思う。

しっくりくる言葉を見つけた男が、あまりに幸せそうに笑ったものだから。

「嬉しいんだなァ…」

その言葉が、堪えていた何かに鮮烈な止めを刺した。