開け放した窓から吹き込む肌に馴染んだ潮風に、昔よりも痛みやすくなってしまった髪を遊ばせウェヌスは煙管から紫煙を転がした。

この海に飛び出し、果たしてもう何十年になるだろうか。若かった頃、酸いも甘いも人並み以上に過ごした時代を不意に思い返しウェヌスは一人笑った。胸元に下がるロケットに挟まれた二枚の写真。随分と色褪せたそれが時代の流れを殊更感じさせて、いつも賑やかな甲板から響く喧騒に忘れがちな老いを感じた。

「姐さん」

こん、と響いたノックに海へ投げていた視線を部屋に戻し声を返せば、控えめに扉が開きこの船の長男坊がひょっこりと顔を出した。

「体調はどうだい、姐さん」

「ああ、すっかり気分がいいよ」

「そりゃあ良かった」

「うちの息子は過保護で困るねぇ」

姐さんだからだよい、と長男坊が笑えばウェヌスも吊られるように笑った。顔の過半数を覆う古い火傷の痕が引き攣るが、それに対する意識も月日と共にだいぶ薄れた様に思う。まだ若い頃に負ったこの火傷は、ウェヌスの体の大半を覆ってしまったが、醜く爛れていた皮膚は長い長い治療により幾らか人の皮膚らしくなった。

「そういえば、新入りが乗ったよい」

「へぇ?どんな子だい」

「エースってんだ、この間オヤジを狙って来たやつがいたろ、そのーーーー」

どん!

長男坊の言葉を遮るように船を震わせた音に二人同時に窓を見れば、海へ落ちていく何かと目が合った。黒いクセ毛にそばかす、若者らしくまだ幾らか華奢な体格が、一瞬のすれ違いざまに派手な水しぶきを上げて海へと突っ込んだ。

「あの子かい?」

「ああ、あいつだ」

「元気が良さそうでいいじゃないか」

能力者なのか溺れる新入りを拾いに行く兄弟を視線だけで見送り、ウェヌスは腰掛けていたソファーから立ち上がる。

棚に置かれた白い仮面を手に、おや、という顔をした長男坊を引き連れ扉をくぐった。

「今日は宴じゃないのかい、マルコ」

「調子が良くなった途端かよい」

「おや、そう厳しいこと言わないでおくれよ」

あたしはニューゲートと飲むのが生き甲斐なんだ、と仮面を顔に押しつければ困ったようにマルコが笑ったのが仮面越しに見えた。

「姐さんが顔出せば、宴なんざ勝手に始まるよい」

錆びた蝶番を軋ませながら甲板に足を踏み出せば、いつの時代も変わらない、むさくるしい喧騒がウェヌスを迎え入れた。