金髪の男が言っていた。

息子と呼んでくれるだけで嬉しいのだと。父がいて、母がいる。それがたまらなく嬉しいのだとあの男は笑顔を零して確かに言った。そうかもしれないと、エースはその言葉を何度も思い返す。ずっと、わけもわからず望んでいたものがなんだったのかようやく形を持った気がした。

だけれども、その前に立ちはだかる大きな壁。

「なるほどなァ…あいつの息子か」

意を決して叩いた扉の向こう、ベッドで体を起こす白ひげは医療機器に囲まれながらそれでも豪気な雰囲気を惜しげも無く醸し出していた。

その男が寄越す探ような視線に、思わず首を竦めて背が丸まる。

「言われてみりゃァ面は似てるが、性格は似てねぇなァ」

グラグラと豪胆に上がった笑い声に、びくりと背を震わせ白ひげの顔を覗き見る。笑っている。軽蔑するわけでも憎悪するわけでもなく、白ひげは笑っていた。

「なァ、おめぇはどう思う」

ついと話を振られた先、白ひげに寄り添うようにして仮面越しにただ話を聞いていた女性へ白ひげが顔を向ける。相変わらず仮面越しでは表情が読み取りにくく、嫌悪されているのか、そうでないのか判断が付きかねた。

そうだねぇと、帰ってきた声に背が丸まる。

「ロジャーの子にしちゃ、いい子が過ぎるよ」

それは笑っているようにも聞こえたが、その言葉が何を意味するのか、分かりにくい声音だった。

しかし思い切ってその仮面の奥の目を見上げると、その目はどこかうるんでいるようにも見えてどきりと心臓が跳ねる。白ひげが、静かに笑みを深めた。

「なァ小僧、傾国のウェヌスってなァ知ってるかァ?」

「…いや、知らねェ」

「なら結論を出す前に少し、昔話からしてやろうか」

そういって白ひげが抱き寄せた女性の肩。その光景があまりに遠く手が届かないものに感じて、エースの視線は手元に落ちる。

そんなエースをよそに、白ひげは静かに話を切り出した。

傾国のウェヌス。それはロジャー海賊団で冥王と肩を並べた、ある女の異名だった。

世界一と言わしめた見目の麗しさも、海賊として申し分ない腕っ節も、どちらを取っても国を傾かせると恐れられた女だ。

見目に反して鼻っ柱が強く、武装色の覇気を得意とするような女だったが白ひげはそんな女の涙をたった一度だけ見たことがある。

ロジャーが処刑された日。

女はその日、ただロジャーを思い子どものように泣いていた。

「おれァな」

当時を思い返す白ひげの声に、エースはただ白ひげを見上げる事しか出来なかった。

「おれァ、その泣き顔を今でもふいに思い出す。あんな顔は、二度とさせたくねェ」

ついと、その横の白い仮面を見た。仮面の奥で伏せられた目は変わらず優しい。

「おめェがロジャーに募る思いがあるのは分かったが、そのロジャーのために泣く女がここにいる。鬼と呼ばれようとも共にいた仲間だ。おめェがそれをどう感じるかおれには分からねェが、実際、ロジャーとの因縁があって兄弟船に乗ることを選んだ息子もいる」

あまり、上手く頭がついて行かない。

しかしエースを見つめる白ひげの視線も、その横の女性の目も、あまりに優しいものだから何故かエースの方が泣きたくなった。ずっとこの目が欲しかったのだと、腹の中の何かがすとんとどこかに落ちたのが分かった。

「おめェ、それでもおれたちの息子になりてェか」

否とも、是とも、どう答えようともこの人なら受け止めてくれるような気がして答えに詰まる。

絞り出すようにして言葉を選び、エースは正面から二人を見上げて唇を開いた。

「おれは…」

おれはーーーー