夜も更けた甲板の片隅で、先日と変わらず海を眺める女性の後ろ姿を見つけて思わず足が止まる。この人は、良く海を眺めているような気がした。

「マッチが平気で、火はダメなのかよ」

独り言だった。ぽつりと零した声は、しかし夜も更けた甲板では女性の耳に届いてしまったようで緩慢な動作で女性はエースを振り返った。ランタンの灯りの下、ばちりと噛み合った視線にぎくりと肩を強ばらせたが、逃げ込める先は無く首を竦める。

仮面越しの表情は伺えないが、緩く首を緩く傾げる仕草は少し困っている様だと思った。

「本当は、マッチも少し怖いんだけどね」

その声が何を言ったのか、一瞬理解が出来ずにぱちりとエースは瞬く。

そんなエースに女性は少し笑った、ような気がしたが仮面越しではどうにも察しにくく、邪魔だなとエースは素直に思う。暗闇に浮かぶ白い仮面は見慣れたとはいえどうにも不気味で、取ればいいのにと思った。

そんなエースをよそに、女性は当たり前のように煙管を取り出し、刻みたばこを詰め始める。手馴れた仕草で葉を丸め、詰め、ついとエースに差し出すように前にやったそれを目で追い、女性を見上げた。白ひげと並ぶ巨体なだけあって、少し首が痛い。

「昔ね、大昔だ。火遊びしちまってね。それきりあたしは火が怖い」

前置きもなく切り出された話。なぜいきなりそんな話をと混乱すると同時に、あの男、マルコの言っていたことを思い出す。言ったろ、火はだめなんだ。

「見ての通り、この船はあたしに甘すぎでね。まるで生娘のように扱われるのは居心地悪くて平気なフリをしちゃあいるけど、マッチがせいぜいでねぇ」

内緒にしておくれよと、女性がいたずらな仕草で仮面の口元に人差し指を添えた。

「………」

段々と、エースの視線が女性の腕を伝い下へと下がる。バツの悪さが誤魔化しきれず、仮面越しだというのに視線を合わせていられなかった。

なんだよと、聞き分けのない子供のように毒づく。

「…じゃあなんで」

「なにがだい?」

「怒ればいいじゃねぇか。見ただろ。俺はメラメラの実の能力者なんだ。あんたが怒って嫌がれば、俺なんか」

こんと、言葉を遮ったのは煙管が欄干を叩いた音。それは激しくも大きくも無かったというのに、はっきりとした主張をもってエースの言葉を遮った。

再度見上げた女性の、仮面の奥の目は変わらず優しい。

「マッチを切らしちまってね、悪いんだけどつけてくれないかい」

ついと差し出された煙管とウェヌスとを、戸惑いながら見比べたエースはおずおずと指先を煙管に押し込まれた葉へと伸ばした。

小さく、指先に灯した炎に合わせウェヌスが呼吸を送れば、炎は静かに葉へと燃え移る。

「ありがとう、エース」

優しく響いたその言葉に、エースは思わず唇を噛み締めた。