不意に目が覚め、夜の帷下りる甲板で夜風に当たりながらウェヌスは煙管の紫煙を燻らせる。

不寝番や夜行性の息子達が口々に気遣う言葉や挨拶に返す言葉が夜の海によく響いた。これだけの大家族を乗せた船は、夜だろうと寝静まるという事がない。夜のモビーディックはそれなりに静かで、どこか賑やかだ。

さざ波に揺れる船の軋む音と息子達の潜めた笑い声に耳を傾けもう一口紫煙を吐き出すと、暗がりに甘え外していた仮面を再び顔に押し付けた。

「……おい」

ちらりと、背後からかけられた声に視線を向けると、昼間ニューゲートに手酷く殴られていた子供が決まりの悪そうに立っていた。

赤く腫れた頬とむっつりと引き結ばれた唇に、所在無さげにさ迷う視線。俯きがちな頭はまるで、怒られるとわかった子供だ。こん、と煙管を欄干で叩き海に捨てた灰が散る。

それからゆっくりと体ごと振り返ると、まるで自決の覚悟でも決めたような顔で子供はウェヌスを睨みつけるものだから思わず笑ってしまった。

「なんだい、エース」

呼びかけた声にあからさまに顔を強ばらせて、それから、意を決したようにもごりと唇をまごつかせ開かれる口。

「あ、謝んねぇからな」

「ん?」

「俺はっ!白ひげの首を狙ってんだ!謝んねぇからな!」

きょとんと、下手くそな弁解の様な宣言に一瞬あっけに取られ、しかし再度むっつりと引き結ばれた唇と強ばりながらも虚勢を張る顔に思わず吹き出すように笑ってしまった。

一体誰に何を言われたのか。この子供は、殴られたのも海に落ちたのも自分のくせにウェヌスを気にかけていたのだろうか。だとしたら随分と律儀で、優しい子供だ。

「ふふ、あたしの首はいいのかい」

「女の首なんか取らねぇ!!」

「おや、優しいこと言ってくれるねぇ」

「〜っ、とにかく!謝んねぇからな!」

そう言い切った勢いのまま踵を返して走り去って行った背を目で追って、くすくすと堪えきれずに笑い声を零した。何事かと遠目に見ていた息子達もやれやれと言いたげに顔を見合わせ去っていく。

「いい子だねぇ」

一人残され、夜風に吹かれながらウェヌスはそっと胸元のロケットに微笑んだ。2枚の色褪せた写真が、同意するように月明かりに煌めきウェヌスは再度小さく笑い声を零した。