■ 誰がいちばん?
「アニキ、なァ、ドフィのところに帰らねェの?なァなァなァ」
許可なく人の船に乗り込んでおいて、何を勝手なことをとローは舌打ちを返した。帰らねェよ、馬鹿ナマエ。そう言えばローをアニキと呼ぶ男は歳不相応な仕草で頬を膨らませた。ローとは似ても似つかない明るい髪が光を弾く。
「かえろーよー、俺みんなで鍋パしたいんだって。材料はドフィが買ってくれるし、ヴェルゴも帰ってくるし、準備はベビー5がしてくれるし、みーんな来るんだぜ」
「俺抜きでやりゃあいいじゃねぇか」
「アニキいないとドフラファミリーって感じしねぇじゃん!」
「何年も帰ってねえのに今更だろ」
いい加減諦めろとため息交じりで言えば、ナマエが不満げな顔を隠そうともせずにブーイングを飛ばした。
「可愛い弟がこんなに言ってんのに!」
「アー…悪いが俺は外科だ。精神科は他を当たってくれ」
「別に頭はイかれてねえよ!!」
ぎゃんぎゃんと叫び散らすナマエに今度こそ盛大にため息を吐いて、このクソガキがと読んでいたハードカバーの背表紙を脳天目掛け振り下ろした。短い悲鳴と手応え。ほんっとうに成長しねぇなテメェは。アニキが気取りすぎなんだよ!
打たれた頭を擦りながら腰にへばりついたナマエにローが脱力すれば、いーじゃんかとナマエが言い縋る。あーにーきー。グズる幼子の様に駄々をこねたナマエに揺さぶられ三半規管が悲鳴を上げるのを感じながらもう一度、帰らねぇとローが突っぱねた。
「おねがい、おにいちゃん」
「…それ可愛いと思ってるのか?」
ぶう、と風船の様に膨らんだ頬を両手で挟んで潰せば生意気な顔が不細工なタコ口となった。あっちょんぶりけー。訳のわからないことをほざいた口。あほか、とその頬を伸ばしてみれば実によく伸びる。モモンガ!確かに飛膜っぽい。
「なァ、鍋パしよーぜー。してくれなきゃアニキのクマを鍋にぶち込む」
「俺の仲間を食おうとするな」
「白クマって美味いと思う?クマ肉は俺好きなんだけど」
「おい、ナマエ」
「そういやドフィの能力って捌くのに便利じゃね?頼んだらやってくれねェかなァ」
「あー!分かったから物騒な計画やめねぇか!」
やりい、と屈託ない笑みに盛大にため息を吐き捨てたローが、どうしてこうこの弟分は我儘に育ったのかを思案しようとして思い当った笑みにすぐやめた。あの鳥頭が原因だ。愚問だった。
屈託なくドフラミンゴを慕うナマエの頼みならば、あの男はローのモノを奪って壊すぐらい造作もなくやってのける。今までも、これからも。
「じゃあさっそく帰ろうぜ、アニキ!」
そうやってころりとガキ臭さの残る笑顔に変わったナマエを丸め込む方が、ドフラミンゴから仲間を守るより余程楽な作業だった。
「あー!クマ!それ俺の肉!てめぇ熊鍋にするぞ!」
「クマですみません!鍋は嫌ぁ!」
わぁぁ!と凹むより先に恐怖に涙したベポにやれやれと呆れながら、ぐつぐつと煮立った鍋の肉の一角を掻っ攫った。こんなもん早い者勝ちに決まってんだろうが、海賊なら欲しけりゃ奪え、と無駄に格好つけて言ってみるが真に受けたナマエは目を爛々と輝かせ頃合いの肉に狙いを定めた。ドフラミンゴのもとに居た頃はこんなフードバトルをすることもなかったが、無かったが故にこの弟分はしてみたかったらしい。
鍋パならしてやるよ、俺の船で。
こんな単純な代替えでドフラミンゴのもとに連れ戻されずに済むなら安いものだと、煮えた魚の切り身を箸の荒れ狂う戦場から奪い去り、取り皿によそった。テメェら、野菜も食えよ。手つかずの白菜が萎びて行くのを確認しながら、魚に食らいつく。
「ああっ!俺の肉が!」
「残念でしたァ!アニキのクルー激よわっ!」
「んだとォ!?」
気が済むまで騒ぎ飲み暴れ、満足げにベッドで寛ぐナマエにようやく気が済んだかとランタンの明かりで活字を照らしながらローが普段よりも一段と感じる疲労感に欠伸をかみ殺す。子供のころから言い出したら聞かない性を持つナマエの相手はいつだって疲れた。幾つになっても変わらない実の兄弟のような関係は、殺伐とした環境の中で唯一と言っていい程裏も表もなく率直で、ローにつられるように欠伸を零したナマエが眠そうに目を瞬かせた。
ナマエ。
不意に呼んだ声にゆるりとナマエの顔がローを見る。視線は活字に向けたまま、ローはゆっくりと流れる時間に合わせる様にゆっくりと言葉を吐く。
「俺とドフラミンゴが決別したら、どっちにつく?」
馬鹿な質問だとは思いながら、愚問だとは知りながら、一応だ、聞くだけだと言い訳を並べながら問うてみた。
ぱちぱちとナマエが瞬き、枕に頭を埋めながら「んー?」と気の無い返事を返したナマエは船の持ち主の許可がなくとも泊まっていく気なのだろう。ファミリーで鍋パがしたいのだと駄々をこねていた割には随分あっさりと満足したらしい。
「アニキ野暮な事聞くなァ」
そんなの決まってんじゃん、と眠そうな声で返された答えに、静かに耳を澄ませる。間を置いて、活字ををっていたはずの視線は自然と寛ぐナマエを見やっていた。
「…寝てんじゃねェよ、馬鹿ナマエ」
答えは、その時のお楽しみ。