■ カサネアイ

「俺元から男に抵抗ねえし」

恐らくこの船中で一番の色情魔に相談している俺が馬鹿なのかもしれない。

「船乗りで男同士とか、珍しい話でもねェだろ」

相変わらず柄悪く煙草をふかしながらその色情魔は俺の切実な相談を一言で切り捨て、挙句の果てにはキャプテンに呼ばれてあっさりと俺を見捨てて行った。薄情者めと歯噛みしても色情魔は本当に薄情者なのでひらひらと手を振られるに終わる。一発ヤってみれば―?うるせえ馬鹿。

「うあああー…」

食堂で椅子にもたれ掛りぐだぐだと体を投げ出せば頭上に掛かる声、悩み事?そーそー悩み事。

お前についてだこの野郎。

俺を見捨てて行った色情魔とは正反対の、純粋を象ったような男が横に腰掛け昼飯に箸をつける。その横顔を眺めながら、爽やかではあるが女らしさは欠片もない雰囲気にもう一度やる気なく唸った。

「そんなに悩むなんて珍しいね」

「おう、俺を根底から覆されかねん大問題だ」

「それは大変だ」

ちっとも大変ではなさそうに微笑みながら米を口に運ぶナマエ。後輩クルーで、おっぱいは無くて、一物もついてる、紛うことなき男。そう、男だ。

がっつくことなくお上品に飯を租借するナマエの横顔を眺める。信じがたい事実だ。俺が、男を好きになるなんて。いや、本当に。だが好きなのだ。何故か。

「俺でよかったら聞くけど?」

「………」

ちょっと一発付き合って、とは流石に言えない。

別に、好きな相手とただヤれればいいなんて思ってはいないのだが、男に惚れてまずぶち当たる壁はこれではないのだろうか。柔らかくもない体を乳繰り合って何が楽しい。俺は楽しくない。だからといってプラトニックな関係なんて不可能だ。溜まるものは溜まる。

そこまで考え、好き、イコール、ヤる、という発想が色情魔と大差ない気がして鬱々とした気分になる。いや女とも行為から本気になる恋もあれば冷める恋も、って俺マトモな恋愛久しくしてねえわと頭抱えた。これだって男同士な時点でマトモじゃねえ。俺はぼんきゅっぼんな魔性の女が好きなんだ。だけどこいつが好きなんだ。やっぱおかしい俺。

「ナマエってさあ、男もイケる?」

「え?さ、さあ?」

「だよなあ…」

今更寝食を共にした仲間相手に恥じらいなど残っていない。素っ裸だって何回も見た。頭にあるのは男に惚れるなんて俺どうした本当にどうしたということばかり。頭を抱えこめば心配した声が降ってくる。久しぶりに触れた優しさに、優しいなぁと少し感動した。

一発ヤってみれば―?

色情魔の無責任な声が頭に響く。言わんとしてることは分かる。順序逆な恋だってあるよな。ヤってから見える現実もあるよな。わかるぜ同類。考えるのは苦手分野だ。船乗り同士、珍しい話でもない。言い訳だって、あるわけだ。

「なあ、絶対ダメってわけじゃないならさ」

見開かれたナマエの目をまじまじと見返し、気まずそうに反らされた瞳を追うように覗き込んだ。

「夜、空いてる?」

断られて元々だよなと、期待半分断って欲しさ半分で笑えば、う、と性欲なんて有りませんと言いだしそうな顔が赤らむ。きゃあ、うぶ。言っておいてなんだが純真君を困らせても可哀想かとなんだか申し訳なくなった。照れるなよ、冗談だって。そう茶化そうとするよりも先にごくりとその喉元が動くのが目に留まる。

「あいて、る、けど」

湯気が出そうな程赤くなった顔に、不覚にも下半身が疼いた。あ、これ、脈あり?にやけそうになる頬を押さえて、ちょっと耳元に唇を寄せて囁けば強張る体。

「じゃあ今晩俺の部屋来てよ」

同室者は色情魔だから色々便利なのだ、我が部屋は。













「で、本当に来ちゃうんだもんな」

正直、言ったはいいが二の足を踏む自分がいるのだが。

真っ赤な顔を隠すように俯きながら部屋をノックしようとする後ろ姿に声をかけた。文字通り飛び上がって驚いたナマエに笑って、今からお出かけらしく調度よく部屋から出てきた色情魔を追い払う様に手を振る。

「せ、先輩…」

「…ナマエ、とシャチ?」

色情魔は眠そうな目をこすりながら俺とナマエを交互に見やると、にやりと柄の悪い笑みを浮かべた。ぽんっとナマエの肩に手を置き一言二言囁いてから飄々と去って行く。汚すなよー。帰ってくんなよー。不寝番が帰れるかばァか。残された火でも出るんじゃないかと思う程に赤くなったナマエを部屋に押し込めば、う、とか、あ、とか声にならない声でしどろもどろに慌てるナマエ。

こんなに慌てるこいつは初めて見たなと少しむっとした。

「なあ、あいつのお手付きだったりしねえよな?」

「い、いやまさか!!」

「ホントにィ?」

こくこくと縦に振られる頭が、ちょっと相談に乗ってもらってたからと小さく呟く。ふうん。まあ、そこまで節操なしではないかと肩をすくめた。

真っ赤なままの顔にじわりと近づいて、端正な顔を見やれば情けなく下げられた眉。嫌ならやめるけど?息がかかりそうな程の距離で囁けば、ちゅう、と可愛らしくその唇が合わせられた。びくりと、震えたのは俺だった。

「シャチさんの方が、嫌じゃない?」

「へ?」

吹っ切れたのか腹を決めたのか、いつもの爽やかな顔でまっすぐの見つめられどきりと心臓が跳ねる。あれ、俺、なんでこのぐらいで照れてんの。

「先輩が、シャチさんは女が好きだって言ってたから」

「ああ、まあ、そうだけど」

嫌かどうかで言われたら、嫌ではなかった。萎えたら好きだという気持ちも勘違いだったと思えたのだろうが、生憎。生憎、どころか。

心臓が、今までにないぐらい早鐘を打つ。

「…ちょっと、やっぱタンマ」

意識した途端に一気に顔に熱が集まった。どきどきどきどき、大袈裟なほど聞こえる鼓動。

やばい、これは、予想外に恥ずかしい。

「…シャチさん」

耳元で囁かれ、ぞわりと肌が粟立つ。これが不快感なら、突き放して蹴手繰り回して罵倒の一つでもくれてやるのに、ぞわりと、違うものが這い上がった。

「シャチさん」

「ちょ、ちょっとホントに待てってば!」

首もとにかかる熱い息にぞくぞくと熱が煽られ、上擦った声がでた。制止も聞かずに腰回りを撫で回す手を抑え、その体を突き放そうとすればナマエが子供のような目で俺を見るものだからそれ以上力が入らない。

目元を赤く染め、待ての出来ない犬のよにナマエの手が弱い制止の手を振りきろうとする。

「っ、ストップ!タイム!ウェイト!」

がっつくなよ!と叫んだところで不満そうにその手が動きを止めた。

俺は何でこいつを誘ったんだったか。俺はこいつが好きで、でもこいつは男で、それには性的な問題があって、その答えは俺の息子がばっちりと出してくれた。女相手でも、ここまであからさまに反応したことがあったか我が息子よ。

これが恋のなせる業、ということか。うわ、恋だって。こっぱずかしい。

困惑を浮かべる青少年然りとした純粋な瞳に、ごくりとのどが鳴った。

真っ直ぐな目で、俺が言葉を続けるよりも先にナマエが口を開いた。

「…俺、シャチさんが好き」

「へっ?」

「先輩になんて言われて俺を誘ってくれたのか知らないけど、それ俺が先輩に相談してたからなんだ」


シャチさんを焚きつけてやるからモノにしてみろって言われた。そう言ったナマエに、ひくりとこめかみが引きつった。一発ヤってみればー?そう言うことかあの野郎。

「…ごめん、ちょっと仕切り直させて」

「シャチさん?」

したり顔の色情魔が脳裏に浮かんで、礼も兼ねて殴りつける。

深呼吸を、一つ。

「俺、ナマエが好き。俺のモンにしたい。あの野郎にせっつかれはしたけど、別に軽い気持ちで誘った訳じゃねえよ」

軽い気持ちで男なんか誘えるかと、目を見開いたナマエの手を握りしめた。冷たい指先。

「ははっ…どうしよ、めっちゃ嬉しい…」

頬を染めて、驚きからはにかむように表情を変えたナマエに思い切り心臓がはねる。

これは、ちょっと、いらない事を心配していた自分が馬鹿みたいだ。

「……」

「……へへ」

甘ったるくてこそばゆい空気に、大の男二人して何してるんだか。

ちゅう、と頬に落とされた唇にくすぐったく笑った。















「で、ノロケてんじゃねェよ」

鬱陶しい、と柄悪く煙草をふかした色情魔ににやけながら肩を組めば心底鬱陶しそうな顔をされた。

「聞けって!それでナマエってばなァ!」

「あーはいはいよーござんしたね」

不寝番明けの眠そうな色情魔を捕まえて、船を漕ぐ色情魔を叩き起こして聞かせてまた叩き起こす。

「あーマジナマエ好き!」

「あーマジこいつウゼェ…」