ユースタス・"キャプテン"・キッドは寝相が悪い。


ローはその男と初めて同じベッドで眠った日、ぎゅっと苦しいくらいに抱き締める逞しい腕によって目を覚ました。

同じ店で飲んでいた二人は睨み合いから喧嘩になるが、ふとしたきっかけで面倒になり共に飲み直しを始めていた。それが何でこうなったか、なんとなくお互い挑発のし合いと雰囲気で結局ヤッてしまった。
こういったことに関して割と奔放なローだったが、キッド相手では少し勝手が違った。というのも、このキャプテン・キッド、自分を抱いているときこそ野獣の様だが、情事後の尽くしっぷりは泣く子も黙るあの賞金首かと疑うほどの甘やかしっぷりであった為である。しかもそのやさしさが、今まで関係を持った者が男女問わずそうだったような媚びや馴れ馴れしさを感じるものとは違い、ぶっきらぼうながらもなんだかくすぐったいような照れてしまうような、けれどもキッドという男らしさを感じさせるようなものだったため、そんなものに慣れていないローはどうしてよいか分からずにいつも夜明けを待たず自船に戻っていた。
何度かの逢瀬を繰り返したが、あの尽くし方は期間限定特典ではなかったようで、ローは次第に心が揺れている自分に戸惑いを覚えるようになっていった。

だから、一晩一緒に過ごすのはこの日が初めてだった。昼間に戦闘をした後だった上に夕方から深夜に及ぶ激しい行為のため疲れ切ったローはいつの間にか眠ってしまっていた。
離すかとでも言わんばかりに抱きしめてくる腕に、ローがかすれた声でまだ足りないのかと声を掛けてみても返ってくるのは穏やかな寝息だけ。それでも後ろからガッチリとホールドされていては身動きも取れず、仕方なくそのままにさせたローはその体温に心地好さと胸の内に未だに気付きたくない甘さを覚えながら再び眠りについたのだった。
翌朝、全身のだるさは相変わらずあったが久々にぐっすりと眠ったようで頭は軽かった。キッドの腕の中は確かに心地好かったが、すっかり安心して寝ていたという事実が悔しくて、鳩尾に肘を食らわせてやった。怒りの形相で鳩尾をさすりながら起きてきたキッドだったが、「少しは寝れたかよ?」と頭をなでてくる仕草に頬と耳たぶが熱くなったのは何かの間違いだと思いたいとローは頭抱えた。
だって、こんな気持ち知らない。こんな想いを、まさが自分が持つなんて。

その後もいろんな場面に遭った。初日と同じように後ろから抱き締められたかと思えばそのまま転がって二人でベッドから落ちたり、寝返りを打ったキッドに裏拳を食らわされそうになったり。起きたら足元に蹲って寝ていた時などは思わず笑った。
自分の行動をキッドは全く覚えてはいないらしく、ローが文句を言ってみても自分の奇行を笑ってみせるだけだった。そんなキッドの"こどもっぽい"と言えるような場面に出会う度、そして自分に向けられるやわらかな眼差しを感じる度、ローは自分の感情を少しずつ認め始めていった。

そして、今日。
下半身に妙な暑苦しさを感じローは目を覚ました。明け方までの情事の後、ベタつく体が気持ち悪くてシャワーを浴びたローはアンダーのみ身に付け再びキッドの腕の中に戻って眠ったハズだった。だがいま隣にいるはずの彼の姿はなく。嫌な予感しかしない中、恐る恐るシーツをまくってみるとそこにはボクサーパンツを下げられ顔を出しているローの小さな尻と、それにほお擦りをして気持ちよさそうに眠るキッドの姿が。
あまりにあまりな光景に目眩がしそうなところを踏みとどまり、ローは自身の尻に張り付いている変態をベッドから蹴り落とした。

「ってぇ…てめぇ何しやがる」

低く地を這うような唸り声でキッドが睨んだ先には、さらにドス黒いオーラを纏っているローの姿が。

「黙れ変態」

「あ?お前なにキレてんだよ」

くぁ、と大きなあくびをしてベッドに戻ろうとする変態に、最上級の蔑みの目を向けて自身の行動を教えてやると、当の本人は悪びれもせずに「てめぇのケツ、なんかすげぇ手触りよくて気持ちいんだよ」といい放つ。
キッドはローの内股が好きだった。
もともと体毛が薄く手触りの良い肌を持つローだが、内股から小ぶりな尻にかけては産毛すら生えていないのかと思うほど、上質な絹のようななめらかさであったためである。いつまでもその手触りを楽しんでいたいと思えるような感触は魅力的ではある。だが、やはりそれだけが理由なわけはなく――

「いいじゃねぇか、減るもんじゃなし」

「お前がケツ好きなのはよぉくわかった」

「あ?いやまぁケツ好きっていうかてめぇに触ってんのが好きというか」

「…は?」

「好きなやつに触るのは好きに決まってんだろ。しかもてめえの肌気持ちいいし」

さらっと爆弾を投下されたローは一瞬呆けたが、数秒遅れてみるみる上がっていく体温と心拍数に気付かれないよう慌てて俯いた。
自身の気持ちを自覚してから、ローはなんとも言えない葛藤を繰り返してきた。
この気持ちを、あいつが知ったらどんな顔をするのか。
あの自分を見つめる眼差しは、やさしさに溢れていた。それは間違いないと思う。しかし、この島に着いてから少なくはない夜を共に過ごしてきた相手ではあるが、所詮流れと快楽で築かれた関係である。こんな、恋と呼べてしまえるような感情を、まさか『死の外科医』ほどのものが持ち合わせてしまったなど知ったら。笑うであろうか。あのやわらかい眼差しを歪め、軽蔑されるであろうか。いや、でも――。
そんな風にうだうだとらしくもなく考えていたというのに。

このやろう、簡単に壁越えてきやがって。


黙ったローを不審に思ったキッドが顔を覗き込もうとしたとき。

「…ROOM」

「おい、ちょ、」

気付いたときにはもう遅かった。ベッドの上には手足と首を切り離されたキッドの胴体が転がっていた。手足はローによって一括りにされている。

「おい、トラファルガー!!てめぇなんのつもりだ!!」

「なんもかんもねぇよ。ケツ好きなユースタス屋に取って置きのプレゼントさ。」

半分、八つ当たり。ローはやけくそでキッドの頭を持ち上げ鬼の様な形相のキッドを見て微笑む。

「だから別にケツ好きなわけじゃ…あ?お前なんか顔色いつもより良くねえ?」

状況をわきまえずキッドが地雷を踏んだ。
もう、開き直ったほうが勝ちだ。

「フフ…いい度胸だユースタス屋。たっぷり楽しめ」

「てめ、まさか…やめろーーー!!」


キッドの部屋から出てきたローはいつも以上に深々と帽子をかぶり、どこか落ち着かない様子だった。それを不思議に思いながらも、キラーは先程から聞こえるキッドの怒声に嫌な予感がしてはいたのだが、「キラー屋、アレはプレイの一環だから。ユースタス屋は実は楽しんでるからそっとしておいてやってくれよな」と言われてしまっては、嫌な予感は確信に変わる。

「キッド…」

「キラーか!?ちょ、早くほどいてくれ!!」

ローが船を降りてからキラーが覗いたそこには、自分の尻に顔を押し付けた状態で固定されているなんとも憐れな船長の姿があった。
盛大な溜め息を吐こうとしたとき、ふと見えたローの表情を思い出す。
こんなことをやったら、あの男のことだ、満面の笑みでいるに違いない。しかし、さきほどの彼は――。

「お前、トラファルガーになにしたんだ」

「あ?別にあいつのケツ触りながら寝てただけだぜ。なにキレてんだあいつ」

「他には?」

「好きなやつに触んのは好きだって言ったが…」

「…」

顔を赤くして、いろんな感情が入り混じった表情。うれしいよな、悔しいような気持ちをありありと浮かべていたあの男の照れ隠しだと思えば、キッドの縄をほどくのはもう少し後にしてやってもいいかもしれない。






君が僕にかけた呪いは、



(え、おいキラー?お前どこ行くんだ、)

(まぁ、しばらくそうしているのも悪くないんじゃないか)

(は?いや、何言って…って!おい!?キラー!さん!頼む!!行くなァー!!)












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