「…おい名字、教科書はどうした教科書は」
「いや、忘れたわけじゃないんですよ?!」
「どうせお前のことだからどこかで落としたんだろ?」
「…おそらく」


笑みが引きつる。私の答えに教室が笑いに包まれた。途端一気に恥かしくなり、顔をうつむかせる。なんだ最近の私は、公開処刑のようなことばかりしてないではないだろうか。


昨日から、教科書が見当たらない。そう、あれだ。移動教室のときから教科書がないのだ。仕方なく今日は、隣の席の山田くんに教科書を見せてもらう。次は絶対もってこいよ、と釘をさされてしまった。元から探すつもりですけどね!





*




授業が終わり、お昼休み。私は友人と教室で昼食をとる。友人はお弁当を、私はツナパンを食べ、他愛ない話を繰り広げた。相変わらず友人の話は黄瀬涼太の話で、前までは話を切りかわしていたが、最近はそんな友人の気持ちもわかってきたので、相槌を打って聞いている。


「でねー!あの笑顔がやっぱり素敵だと思うの!」
「へぇ。相変わらずだねぇ」
「もー!ほんとにカッコいいんだからねー!」
「はいはい」


なんて会話をしているとき、あたりがやけにざわついてきた。いつも賑やかな教室だが、なんというか、雰囲気が変わった。何のことやら、と思いながらも気にせず会話を続けていると、


「名字名前はいるか」


突然私の名前を呼ばれた。


「はーい!私が名字名前ですよーん!何か御用でご、ざ、…い…ましょうか」


段々と語尾が小さくなってしまう。先生の使いっぱしりかと思い、軽い返事をしてしまったのが間違いだった。私の名前を呼んだのは、あの、帝光1モテる、あの、赤司様でした。


「…何で、ございましょうか」
「あぁ…君か確か…hello…とでもいっておこうか」


なんて言って笑われてしまった。うわあああ私の事覚えてるよこれ!途端に熱が顔に集中する。そのことは忘れてください。しかも赤司様の英語の!発音が!綺麗すぎて!もうなにこの人、完璧すぎるよ。


「…その節は大変失礼いたしました…」
「いや、久し振りに面白いものが見れたからね」
「…はぁ、用は何でございましょうか…」
「これを届けようと思って、ね」


赤司様が私の前に差し出したのは、紛れもない、私の教科書だ。そう、表紙の偉人に髭の落書きをしている教科書。


「そ、それ!私の…え、何処で…」
「この前、君がぶつかったときに落としていったんだ」
「あ、あの時でしたか…!ご迷惑をおかけしてすみません…!」
「いや、その日に渡せばよかっただろうけど、その日は忙しくてな」
「そんな…そのお気持ちだけで充分でございます…」
「あと、授業は真面目に聞くことを薦めるよ」


教科書の表紙の偉人を指差し、赤司様は笑った。その意見に私はご尤も、と返すことしかできなかった。すると、予鈴のチャイムが鳴り、授業が始まるまで残り5分を知らせる。


「では、失礼するよ」
「ありがとうございました、えっと、赤司…様?」


私の呼びかけに、一瞬驚き、目を見開く。すると、また綺麗に笑って、赤司でいいと言って帰っていった。


その場に呆然と立ち尽くす私。その後、友人に詳しく聞かせなさいよといわれたのは言うまでもないこと。あと、教科書にもう落書きはしない。


(は、初めて喋った…!)
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