「いらっしゃいませ〜」


赤司氏がわたしの家に来た。正確にはわたしの家にある画集を見に来た。

以前より約束していた京李さん(有名なイラストレーターさん)の画集を見るという約束を、部活がない今日果たすことになった。ちなみに黒子氏は来れないそう。どうやら今やっているロールプレイングゲームのイベントが今日の夜までとのことで、追い込みをかけるらしい。


「部屋にはなにも置いていないんだな」
「色々ありますので…ハハッ」


二階の自室まで案内をする。オタクらしいものを一切置いていないその部屋を見て、赤司氏はびっくりした。


「して、赤司氏。そこの本棚を右に寄せてもらいませんか?」


驚いている赤司氏にそう声をかければ、今度は眉をひそめる。疑問に思いながらも彼は本棚に手をかけた。


「ん…?本棚にしては軽いな……」


軽くしてある本棚を容易く右に寄せる。するとするとあら不思議。隠し扉が現れた。無言でそれを指差す赤司氏に、わたしはぐっと親指を上げた。

緊張な面持ちで、赤司氏はドアノブに手をかける。ゆっくりとその扉を開ければそこはもう夢のような世界。


「す、すごい…」
「隠し部屋でございます」


現れたのは、オタク関連のものを保管する部屋。壁一面に貼られたキャラクターポスター、本棚にはびっしり詰められた漫画、コレクションラックに並べられたたくさんの美少女、美少年達。すべてが赤司氏を迎え入れた。


「ワンピースが全部初版………?」
「父と一緒に集めました」
「このセイバーの等身大のポスター……!」
「ゲーム会社に勤めている知り合いに譲ってもらいました」
「はっ…!!こ、これは……!!!幻と言われているめるしーのフィギュア……?!?!」
「手に入れるのに苦労しました」


赤司氏の顔がとてもキラキラとしている。新しいものを発見する度に目を輝かせる。きゅん。


…きゅん…?


いやいや待てわたし、彼とはアニメオタクとしての友達なのだぞ。しかもバスケ部のすごい人で、みんなにモテモテ。なにも特出したものを持っていない私到底離れた存在。そんな彼に。そんな…赤司氏に。


「すき、」
「え…?」
「え………?!?!」


く、口に出てた?!?!


「あっ?!いえ?!?!深い意味はないですよ?!?!あ、ああ、赤司氏が今持っているその漫画!!!!赤司氏はすきなんですか?!?!」
「あ、あぁ…この、なると半田先生のやりとりはすごくほっこりするからな……」
「そ、そうなんですか!!!アッ京李さんの!画集!みましょう!」


とにかく恥ずかしくなって、話を逸らした。










「やはりすごいな………」
「圧巻ですよね………」


2人で画集を見て、ひたすら見入る。その独特の世界観に魅了されるのだ。
ふと、横を見れば至近距離の赤司氏。思わずびっくりして画集に視線を戻す。気づかれてないかな。もう一度そーっと横を見れば、画質に夢中な赤司氏。どうやらバレてはいないようだ。

どうして自覚してしまったのか。こうなることは分かっていた筈なのに。


「そんなに俺のことが気になるのか?」
「えっ?」


気がつけば、目の前には大きな赤い目がふたつ。綺麗な瞳が私を至近距離で凝視していた。
びっくりして思わず後ろに体が傾く。


「び、びっくりした…」
「大丈夫か?」


にゅっと赤司氏が倒れこんだわたしの顔を覗き込む。とにかく心臓に悪い。顔をそらし、赤くなった顔を隠すように手で顔を覆った。


「む、むりです……」
「?なにがだ?」
「なんでもない……ってわけではないんですけど………いやでも………」


「すきです」


自覚したら止められない。ぽつり、ぽつりと心の中に仕舞い込んでいた思いをこぼす。


「ずっと1人でこそこそ好きなものに没頭してたんです。だから、あのファミマであなたと会ったことがまるで奇跡のようでした」
「それからいっぱい話して、語って、色んなところへいって。仲間ができた気がしてました」
「でも、気づいたんです。もっとあなたの喜んでいる姿がみたい、好きなことに没頭している姿がみたい」
「バスケをしているあなたじゃなくて」


「ありのままに好きを追いかける、あなたが好きです」


2人の間に沈黙が流れる。なんだか余計なことも言ってしまった気がする。恥ずかしくて顔を覆っている手を離すこともできない。


「なんだ、そんなことか」


沈黙を破ったのは、赤司氏だった。よくわからないつぶやきに顔を覆っていた手を離す。その瞬間を狙っていたかのように、赤司氏の手がわたしの腕を掴む。真剣な眼差しがわたしを捉えた。


「俺はずっと、自分の趣味を誰にも言えずにいた。だからあの時名字に出会ったことは、運命だと思うよ」
「2人で分かち合うということを、俺は初めて教えてもらった」
「アニメについて語る名字は、俺の周りにいる誰よりも輝いていて、俺はそんな名字に惹かれていった」


「好きなことに一途な、名字が好きだ」


何を言っているのかわからない。ショートした脳をひたすら動かそうとするけれども、考えれば考えるほど意味がわからなくなる。何も言えずにただただじっと彼を見つめていると、次第に彼の顔が赤くなり、はぁーと長いため息を零した。


「…さすがに何も言ってくれないと困るんだが」
「ご、ごめんなさい…びっくりして……」
「そうか」



次第に彼との距離がゼロになる。


どうか夢なら覚めないで。
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