さんぽ



「そうだ、さんぽにいこう」








思い立ったわたしは、アジトを抜け出し、外へ出てきた。持ち物はおかねとすまーとほん。すまーとほんで地図を出せば、なびで目的地まで案内してくれる。びっくり。なびの使い方はベルモットに教えてもらった。


「ぽてとちっぷすは買った。でもさんどいっちがたべたい。でもでも帰り方はわからない」


なびを起動させようにも、来た場所がわからない。困った。非常に困った。


「困った……」









コンビニの前に、変わった人がいた。黒いワンピース、黒い靴の女性。全身黒ずくめ……まさかな。その人はポテチが沢山入った袋を持ち、スマホを凝視している。話しかけることにした。


「お姉さん、どうしたの?」
「?」


改めて顔を見る。大きく丸い目が、俺をじっと見つめる。


「えっと、どうしよう…」
「へ?」
「えっと、はじめてのひとには……自己紹介…」


何か1人で呟いている。ひとしきり何かを呟き、答えが出た様でその人は再び俺に向き合った。


「お初にお目にかかる。拙者、しがない旅人でござる」
「えっ…?」


よく分からない自己紹介が始まった。


「拙者、いま非常に困っているでござる。実は、ぽてとちっぷすというものが食べたくて今しがたここへ参ったのだが、帰り道がわからなくなってしまったのだ」
「う、うーんと…よく分からないけどお姉さんは迷っているんだね」
「左様」


話しかけないほうがよかったのかもしれない。これは面倒なことになりそうだ。


「して、少年。さんどいっちというものを知っているか?」
「は?」


お姉さんはサンドイッチを食べたいとのこと。ここは家の近所だ。ポアロにいけばサンドイッチくらいはあるだろう。案内するよ、と声をかければ、カタジケナイ、とカタコトが返ってきた。メンドクセェ。









「で、名前さんはどこからきたの?」
「ううん…?」


ポアロに行くまでに、この人の素性を探ってみた。名前は名前。名字は不明。年齢も不明。学校や仕事は行ってない様だ。自分の家の場所もわからない。ここまでどうやってきたかと問えば、なびを使ったよ、と教えてくれた。わからないことが多く、非常に怪しい。


「ねぇこなん、あれはなぁに?」
「え?あれ?あれは………公衆電話…だけど…名前さん公衆電話知らないの?」
「なるほど」


そもそもの問題だった。彼女は何も知らなかったのだ。街に溢れかえるものすべてが、彼女にとってのはじめてのよう。


「難しいことがおおい….ううむ」
「名前さんはどうして何も知らないの?」
「ずっとひとりだったから」
「ひとり?」
「部屋から出られず、ずっとひとりだった。だけど、わたしをきらきらの世界に連れてってくれる人がきたの」
「ふーん…あ、ついたよ」


歩いていると、ポアロに到着した。名前さんの手を引き、中へ入る。


「ありがとうが足りない。ジンにはいっぱい感謝してるの」


聞こえてはならない名前が聞こえた。彼女の方へ顔を向ける間も無く、ポアロのドアが開く。


「いらっしゃいませ!」


空耳かと思った言葉が、確信に変わる。ドアが開い瞬間、繋いでいた彼女の手は解かれ、出迎えてくれたウェイターに名前さんは抱きついた。



「バーボンっ!!!」

- ナノ -