「わー…!山だ!」


バスを降りると、気持ちよい空気が私達を迎えてくれた。


ちなみにこの遠足は、バスを降りた時から班行動が始まっている。なので、私はせーくんとしんくんと3人で、他のバスに乗っている同じ班の子達を待っていた。


「せーくん、どこに行くのー?」
「山だ」
「山は山でもどこ行くのー?てっぺん?」
「山の麓の神社が集合場所なのだよ」
「ふもとー?んー、よくわかんないけど山登り楽しみだねぇー!」


なんて話していると、お待たせーと芽衣ちゃんと里奈ちゃんと悠太くんと健也くんがこちらへ手を振って歩いてきた。


「ごめんお待たせー!」
「んーん、私たちも今きたとこだよー」
「それにしても名前ちゃん早いねー…」
「えへへっ、楽しみー!それにしても悠太くんハーレムだね」
「つか名前マジ逆ハーレムじゃん」
「えへへ、いいでしょー羨ましいでしょー!でも、せーくんもしんくんもだれにも渡さないんだかんね!」


2人の腕を掴んでぎゅっと引っ張る。悠太くんにあっかんべーをすると、彼は興味なさげに、芽衣ちゃんと一緒に遠足のしおりを見ていた。悲しくなんて無いんだからねっ!


「…名前、離すのだよ」
「やぁだー!このままいくもん!」
「時間が限られてる、早く行くぞ」


せーくんは私の手を引っ張って皆を先導する。しんくんは、嫌だと言いながらも私の手を引いて歩いてくれて、囚われた宇宙人状態。ちなみに、芽衣ちゃんと悠太くんは、相変わらず仲良く喋りながら私たちの後ろをついてくる。その後ろでは、里奈ちゃんをエスコートする健也くんが横並びで、よさげな雰囲気で歩いていた。リア充爆発しろ!


「はっ、でも私もせーくんとしんくんとリア充してるからいいやー」
「何の話だ」
「どうでもいいのだよ」




*




「…っ、痛たっ」


その小さな声で、後ろに振り返る。俺の後ろを歩いていた藤原が、どうやら足を挫いたらしく、その場に膝をついていた。


「藤原、大丈夫か?」
「え、っと…ちょっと歩けない…かな?」


苦し紛れの笑み。これでは負ぶって行くしかないか。そう思い、彼女に歩み寄る。しかし、俺よりも前に樫木が、何も言わずに藤原を抱きかかえ、先にいっておいてくれ、と優しく笑った。









5人になったら俺の班。土産屋が並ぶ通りにさしかかったと同時に、名前がとある店の前に走り出した。


「…ふわわろーる…!!!」


それはこの山の名物、ふわわろーるの売っている店だった。ふわわろーるは、山で取れた野いちごと、ほどよく甘いクリームを、ふわふわとした食感の生地で巻いたロールケーキのことだ。定価1500円で、一日限定250本。本数が限定されていることもあり、店の前には長蛇の列ができていた。


「せーくん!ふわわろーる!欲しい!」
「ダメだ、ここでこの店に並んでは集合時間に間に合わない」
「やだやだやだー!ふわわろーる食べたい!」


店の前で駄々をこね始めた名前。こうなったら聞く耳を持たなくなるのが名前だ。どうしようかと考えていると、東堂と佐藤が顔を合わせ、にっこりと笑って俺らに任せてと親指を立てた。


「ウチらが先いってなんとかするから、」
「お前等はふわわろーる買って来いよ!」


2人の好意に甘え、名前と緑間と3人で列の最後尾に並ぶ。すっかり機嫌を戻した名前は、そわそわと落ち着きのない様子で列の先頭をチラチラ見ていた。


「そんなに見ても何もないのだよ」
「ふわわろーる!ふわわろーる!」
「静かに。周りに迷惑だ」
「えへへー!せーくん、楽しみだねー!」
「…俺の話を聞け」


と、並び始めて約40分。漸く名前の前にふわわろーるが現れた。ふわわろーるを見つけると、名前は目を輝かせ、ふわわろーるを注文した。


「良かったねぇお嬢ちゃん、これがラストだよ」


商品を受け取り、名前はありがとうと店の人に告げ、集合場所に向かおうとした時。名前の後ろから、大きな泣き声が聞こえた。振り返れば、泣きじゃくる少年とその親が、店のまえにいた。


「やだー!!!ボク、ふわわろーる食べたいよ…っう」
「仕方ないわ、また今度にしましょう。ね?」
「今食べたいのっ…っううっ」


その光景をじっと見つめる名前。どうしたんだ、と声を掛けると、ちょっと待っててね、と名前は泣いている少年に駆け寄った。


「やぁぼく。ふわわろーる、食べたいかい?」
「うっ…うんっ」
「そんなぼくにはー…じゃじゃーん!」
「…あ!それ!ふ、ふわわろーる!!」


名前はふわわろーるの入った袋を少年に差し出した。それを少年が受け取ったのを確認すると、美味しく食べてねと言葉を残して俺たちの方に戻ってきた。戻ってきた名前は、満足げな、でもどこか悲しい顔を浮かべていた。


「渡して良かったのか?」
「うん、せっかく並んだのにごめんね」
「…これをやるから元気を出せ」


そんな名前に見兼ねた緑間が鞄から冷たい汁粉缶を出し、名前に差し出した。名前は、おしるこ飲めないよといいながらも、その缶を受け取っていた。


「…ふわわろーる、食べたかったなぁ…」
「渡さなかったら良かったじゃないか」
「あの子泣いてた。私は泣かないもんっ」


泣かないんだから、という言葉が震えて聞こえる。立ち止まった名前は、肩を揺らし、服の裾を強く掴んでいた。たかが菓子如きで、と思うが、名前にとっては然れど菓子なのだ。緑間と視線が合い、どうしようかとお互い肩を竦めた。


「名前」
「ないて、ないもんっ」
「名前」
「ないてないもんっ」


全く人の話を聞こうとしない名前。別に泣かないでといっている訳でも無いんだが。なんて思っていると、後ろから、黄瀬と青峰の班が俺達の方に向けて手を振って此方に寄ってきた。


「あれ?赤司っちの班は3人っスか?」
「色々あってな」
「ふわわろーるが足りないのだよ」
「あ?ふわわろーる?」


これのことか?なんていって青峰が手に持っていた幾つかの袋の中からふわわろーるの店の袋を出した。その会話を聞いていた名前が、その袋に飛びついた。


「ふわわろーる!!!」
「お前がバスん中でふわふわばっか言ってっから買ってやったんだよ」


くれてやると言わんばかりに、青峰はその袋を名前に押し付ける。それを見ていた黄瀬が俺も実は名前っちの為に買ったんスよ!といって青峰と同じ袋を名前に渡した。


「いいの?貰ってもいいの?!」
「おう、大人しく貰っとけ」
「俺らは名前っちの為にって思って買ったんで、どうぞッス!」
「あれー、みんなどーしたのー?」
「奇遇ですねみなさん」


また後ろから声がしたかと思えば、今度は紫原と黒子と桃井の班が俺達の前にやってきた。

「何をしているんですか?」
「ふわわろーるだよ!」
「ふわわろーるに決まってんだろ」
「ふわわろーるッス!」
「ふわわろーるなのだよ」
「…すみません、みなさんの言葉の意味が理解できません」
「だろうな」


意味のわからない回答に困惑する黒子。紫原は、何故か意味を理解したようで、名前に持っていたふわわろーるの袋を渡していた。


「わわっ、あつしくんもくれるの?」
「俺、3つ買ったからおすそ分けー」
「えへへっ、ありがとーっ」
「あぁ、それですか。僕もありますよ」
「私もあるよー!はい、どうぞ!」


黒子と桃井も、ふわわろーるの袋を名前に渡していた。どうやら、彼女は俺が思っていた以上に、周りから想われているらしい。名前は複数の袋を抱え持ち、ありがとうと頬を緩めた。


「でもでも、ふわわろーるとってもとーってもおいしいから、帰ったらみんなで食べようね!」



心優しい彼女の笑顔は、まるで小さな子どものよう。
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