狡い奴

櫂くんがЯしちゃうちょっと前のお話



 櫂トシキと言う男は他人の事情に首を突っ込むなんて言う事はしないが、それに比例して自分の事も一切話さない。
 その癖、店に居る時にふと、影のある表情をする。それが暗い表情であるとは限らないのだが、視線が目の前のものではなく、どこか遠くを見ている様に感じる。
 今までにも櫂やアイチを取り巻く環境で色々なことがあったが、決まって櫂は誰に相談するわけでもなく独断で行動を決めていたように思う。それによる結果をどうこう言うつもりは無いのだが、誰にも頼ろうとしないその姿勢が、何だか気に入らない。私と同い年のくせに、妙に大人ぶったその態度が、気に入らない。
 ひょっとしたら彼はとても大きな問題を抱えているのかもしれない。過去に何か大きなトラウマを抱えているのかもしれない。彼を年不相応に大人びた雰囲気にさせている原因は、恐らく私なんかが考えつかない様な所にあるのかもしれない。だからと言って、私が彼に抱いている不満の様なものが腑に落ちてくれる訳では無いが。

「いらっしゃい」

 店の扉の開く音が聞こえたので挨拶をする。それは長い間手伝ってきた事もあり、ほぼ条件反射に等しい。
 言い終えたと同時に扉を見ると、櫂が居る。

「久しぶりね」
「ああ」

 そっけない会話を交わして彼は店内に置かれている椅子に腰掛ける。今日は三和が居ないようだ。櫂自体久しぶりに会ったが、来なくなる前もずっと三和がくっついていたから、櫂が1人で居ると言う事が妙に新鮮味を帯びている。
 櫂は鞄から自分のデッキを取り出すと、ただ自分のカードを眺める。何かを考え込んでいるようで、その顔は妙に暗い。今までQ4のチームメイトとして一緒に居た時には見せなかった顔に、少し嫌な感じを覚える。
 だからと言って、私が何かを訊いたとしても答えるわけが無いのは重々承知だったので、私はカウンターに置かれている本を手に取った。
 その日はアイチやカムイなどのいつもの面子も来たが、櫂は軽い挨拶を交わす程度で、誰ともファイトをするわけでもなく、来た時と同様にずっと自分のカードを眺めているだけだった。様子を訝しんだ三和やアイチが話しかけても、返す言葉はどこか上の空だった。

 その日を境にまたパタリと櫂は来なくなった。考えれば考える程あの時の櫂の様子がおかしく思えてくる。ただの杞憂で済めば良いのだが、アイチも同様に櫂の様子を心配している様だった。一番仲が良さそうな三和に限っては、あいつの事だからどうせまたどっか旅にも出てるんじゃねーの、なんて能天気なことを言っていたが。
 何か悩みがあるなら私じゃなくても三和あたりには話して欲しいとは思うが、以前どこかで女と男では悩み事の解決の仕方が違うなんて話を思い出した。女である私が人に話して悩みを解決するのが妥当だと考えていても、ひょっとしたら男である櫂は悩みの解決の仕方は違うのかもしれない。そもそも何か大きな悩みを抱えているとは限らない。

 ここまで考えて気付いた。ああこんなに考えてるのに、私はあいつの事をちっとも分かってないのか。気に入らない態度の理由もあいつの気持ちも悩みも、住んでる所や好きな食べ物すら、私はあいつの事を何も知らない。
 何も知らないはずなのにこれだけ気にしてしまうのだから、櫂は本当にずるい。見えない所から反則技を使われている気分だ。

 ただの模様の様になってしまった本の中身を眺めながら、誰にも気付かれない様にため息をついた。






2013.11.15