わけあうなみだ
 花京院典明の葬式はしめやかに行われた。
 その日は雨が降っていた。冬の割には湿った空気に、僧侶の念仏と木魚を叩く音だけが静かに響く。
 派手に飾られた祭壇の中心、沢山の花に囲まれた写真の中で、花京院は穏やかに笑っている。元は小さなサイズだったのだろうそれを無理矢理引き延ばしている所為で、大きさの割には輪郭が暈けていて、自分の視力が下がってしまったのかと錯覚しそうになる。その笑顔はどこかぎこちなく、こうして自分の為に人が集まる事を歓迎していないように見えた。
 誰かの鼻をすする音が聞こえた。暖房を入れているらしいが、この会場は幾らか肌寒い。

 エジプトでの戦いが終わったあと、花京院の死体は出来る限り綺麗な状態に戻した上で自宅に帰された。身体にこびり付いた血を洗い、大きく空いた腹には詰め物をした。制服も同じ素材で同じサイズのものを新しく仕立てて着せた。それが、死んだ者に対して、生き残った者が出来る精一杯だった。
 スタンドを見ることが出来ないあいつの両親に全てを話すことは出来なかった。信じてもらえるとは思えなかったし、彼らに取って現実味の無いこの話は、花京院典明という人間の死を愚弄していると捉えられかねない。それが例え真実であっても、だ。
 無言の帰宅を遂げた一人息子を両親はどんな気持ちで迎えたのか、俺には分からない。理不尽に、唐突に、呆気無く息子を奪われた彼らに、多かれ少なかれその原因の一端になった俺が掛ける事の出来る言葉なんてあるのだろうか。
 結局俺はそのとき、ただ無言で帽子のつばを下げる事しか出来なかった。視界が帽子に隠れる直前、息子の為に静かに涙を流す彼らの姿を見て、花京院は愛されていたのだと思った。

 ひとり、またひとりと、参列した人達が焼香をあげていく。そいつらが花京院とどんな関係だったのか、俺は知らない。思えば、花京院がどんな人生を歩んできたのか、ほとんど知らなかった。2ヶ月にも満たない時間は、互いの過去を知り合う為には、あまりにも短すぎた。
 そういえば何人か学校の奴等を見かけた。恐らくクラスメイトの代表として嫌々来たのだろう。転校して間もなく、家出をするように俺達とエジプトへ向かった花京院だったから、クラスの奴等ともほとんど面識なんて無かった筈だ。気怠そうに焼香を上げていくあいつらにとって、花京院の死は、テレビ画面のむこうで起きている出来事と同じなのだろうと思った。


「典明の友達?」

 出棺を見送り、これから火葬場へ向かうという時だった。
 見知らぬ女が俺に話しかけてきた。俺の肩にも届かない身長で、日本人にしては喪服の黒さが似合わないと思った。口ぶりと、こうして火葬場へ向かう出口に向かっているところを見ると、花京院と何らかしらの関係があったのだろう。
 短い肯定の返事をし、止めていた足を再び出口へ向かわせた。その隣を女が並んで歩いてきた。身長差が大きい分、無理をして俺に合わせて歩こうとしていたので、少し歩幅を緩めた。

「そういえば、典明が家に帰ってきたとき、一緒にいたらしいね」
「お前は?」
「私は、えーっと、友達、だったのかな」

 曖昧に言葉を濁しながら女は笑った。
 そういえば、旅の途中で1つ上の幼馴染みがいると話していた事を思い出した。名前を尋ねてみると、記憶の中で花京院が話していた名前と一致した。
 火葬場で、花京院を納めた棺が火葬炉へ入れられるのを見送った。花京院の母が名前を呼びながら泣いていた。これが次に開けられるとき、花京院は灰になる。文字通り塵になっていく我が子を見つめるあいつの両親の背中は、痛々しかった。
 俺の隣に立っていた花京院の幼馴染みは、それらをただじっと見つめていた。その瞳が何を考えていたのか、俺は知らない。


 火葬が終わるまでは1時間以上かかる。会葬者はこちらへ、と控え室へ案内された。適当な場所で腰を下ろすと、再び俺の隣に花京院の幼馴染みの女が近寄ってきた。そのまま俺の隣に腰を下ろし、尋ねてきた。

「ねえ、あなた、えーっと」
「空条承太郎」
「空条くんね。……ねえ、空条くんは、典明の妄言のこと、知ってる?」
「妄言?」

 その言葉に、花京院と共にした記憶を振り返ってみるが、思い当たる節は無かった。強いて言えば、セスナが墜落したときに赤ん坊がスタンド使いだと言った事があるくらいか。だが、あれも一晩経てば何事も無かったかのようにいつもの花京院に戻っていた。本人は少し疲れていただけだと後で詫びていた。
 そもそも花京院典明という人間は、自分の事をよく知っていた。スタンドに関しても自分自身の能力に関しても。そんな人間が妄言なんて言うのだろうか。
 俺のそんな疑問は女が続けた話ですぐに解決した。

「典明、小さい頃はね皆に見えないものが見えるって言ってたの。私はそれが何なのか全然分からなくて、周りにも賛同する人は居なかったから、典明、段々人と距離取るようになっちゃって」

 恐らく、いや、間違いなくスタンドの事だろう。
 花京院のスタンドは生まれつきだと言っていた。周りに同じ力を持った人は居なかったとも。能力の無い人間からしてみれば、実際に見る事も触れる事も出来ない人間からしてみれば、それは妄言も甚だしいだろう。
 笑い話を話すように、花京院はその事をあっけらかんと話しては居たが、それでも過去を多くは語ろうとしないその顔からは翳りを感じた。

「イマジナリ―フレンドってあるじゃない? 空想の友達を自分の中に作り出しちゃうっていうやつ。幼い頃にたまにそういうの持つ子供がいるって聞いたことあったから、きっと典明もそうなんだろうなって、思ってた、けど」
「けど?」
「……典明ね、一度だけ、私を助けてくれたことがあったの。確か小学2、3年生くらいのときだったかな。よく小学校の通学路に置かれているような、子供の飛び出し注意っていうのを本当にやらかしちゃって。そのとき、絶対に車に轢かれるって思ったとき、確かに典明は到底手が届かないような距離にいたはずだったの」

 女は俯きながら、その光景を事細かく思い出すように、周りの煩さとは対照的に、静かに言葉を続けた。

「何かに強く引っ張られたような感覚のあと、典明が私の両肩を掴んでた。すごくハラハラとした顔をして、少し涙目で、『間に合って良かった』って言ったの。そのとき私はただひたすら車に轢かれそうになったっていうのが怖くて泣いてたけど、でも、あの状況で一体どうやって私が助かったのだろうって、今でも不思議で仕方がない」

 花京院のスタンドの射程距離は結構な範囲まで届くものだったから、それで彼女を助けたのだろうと容易に想像が出来た。
 女は当時味わった感情も思い出したのか、強ばった表情でゆっくりと腕を組みながら自らの二の腕を撫でさすった。ゆっくりと顔が俯いていく。それでも、声色が変化する事は無く、言葉は淡々と続く。

「もしかしたら恐怖で記憶が混同してて、本当は典明が捨て身で助けてくれたのかもしれないし、たまたま車が私を避けてくれたのかもしれない。色んな可能性を考えるんだけど、でもやっぱりどう考えても、普通だったら、絶対私はあのとき死んでたか、運が良くても大怪我をしていた筈だった。不思議だったし、理由も分からず助かった事が納得出来なくて、しばらくして典明に尋ねたの。中学生にあがる前くらいの頃だったかな。車に轢かれそうになったときどうやって私は助かったのって」
「……花京院は、答えたのか」
「……典明、言葉に迷ってる様子で、しばらく間を置いた後に言ったの。きっと信じてもらえない、って。でもさ、そんな言い方されたら誰だって気になるでしょ?」

 窓から見える空は未だに雨模様だ。午後から晴れるという予報だった筈だが、この様子を見ると外れたらしい。
 女は気持ちを落ち着けるように茶を呷った。白い喉が小さく上下に動いた。湯のみを机に置くと、その湯のみを見つめたまま、そっと口を開いた。

「典明は、私と視線を一度たりとも合わせずに、その見えないものの存在について説明し始めた。物心ついた頃にはもう傍にいるのが当たり前で、自分の意志で自由に使役出来て、それは他の人には見えない。でも、それが他の物や人に触れることは出来る。だから私が車に轢かれそうになった時も、それで私を捕まえて助けたんだ、って」

 一気に、息継ぎをしないように、早口で女は話した。まるで自分が話している事がおかしいとでも言うような、自嘲的な目をしていた。

「信じられなくて、思わず嘘だって言っちゃった、私。そしたら、突然私が持ってたペットボトルが、私の手から飛び出して、典明の手に収まった。勿論私はただ持っていただけで投げたわけじゃないし、中身の入ったペットボトルが飛ばされる程の強い衝撃を受けたわけでもない」

 俺はそれがスタンドによるものだと分かっていたから驚く事は無かった。そうか。短く頷く。女の声には涙が混ざり始めていた。よく見ると、膝の上に置いた手も震えていた。

「気味が悪かった。典明が折角明かしてくれた秘密なんだって分かっていても、それでも本当に、気味が悪かったの。今私と典明の間には目に見えない何かが居て、それが何をしても私はおろか、誰にも分からない。恐ろしいことだって思った。典明がとても恐ろしい化物のように見えて、私はそこから逃げ出してしまった。きっと、誰とも共有をしてこなかったんだろうその秘密を前に、典明から、逃げ出してしまった」

 そこからは意図的に彼を避けるようになって、今日の今日まで親同士の付き合いこそあっても、私は典明との付き合いを断ち切ってしまっていた。女はそう言うと、片目からほろりと一滴を流した。それでも彼女は言葉を続けた。

「まともに会話をする事を避けていたの。典明もそれを察していたみたいで、今までのように話しかけてこなくなった。罪悪感なんて無かったし、むしろ安心していた。それくらい典明が怖くてたまらなかった。命の恩人に対して、酷い奴でしょ? そうやって私は、典明を孤独に追い込んでいた。学校でも友人を積極的に作ろうとしなかったって聞いた。思えば、昔から、彼は友達を作る事が下手だった」

 言い終えて一息吐きだすと、それが合図だと言うように、堰を切ったように女の両目から涙が流れ出した。自分でも驚いたらしく、俺に謝りながら鞄からハンカチを取り出した。
 火葬が終わるまで女は泣き止まなかった。
 骨上げに向かうと、骨と灰だけになった花京院が待っていた。若いからか、健康な生活を送っていたからか、綺麗な形で残っている骨が多かった。
 2人ずつ、箸と箸で花京院の骨を骨壺へ納めていった。綺麗に残った骨はすぐに骨壷に納まりきらなくなったため、何度か火葬場の係員が骨を潰して骨壷の中に空洞を作った。バキバキと骨が崩れていく音が、嫌に耳に障った。


 遺族の合図で献杯が行われた。大人達は各々が酒を手に、ガヤガヤと色々な話を始めた。花京院との思い出話からこの式とは全く関係の無い話までしているのだろう。葬式とは、そういうものだ。
 花京院の幼馴染みは再び俺の隣に座ってきた。やれやれだと酒を呷ったら、未成年じゃないのかと笑いながら言われた。先程まで泣いていたからか、その目は若干充血していた。

「……ハイエロファントグリーン」
「え?」
「花京院の、その力の名前だ」

 女は俺の言葉に目を丸くしてこちらを見た。名前なんてあったんだ、そう小さく呟くと、ゆっくりと俺に尋ねた。そういえば自分の話に驚いた様子を見せなかったと、あいつの見えない力について何か知っていたのか、と。

「ああ、知ってる。よぉく知ってるぜ。その見えないもの、お前が共有を拒んだ花京院の秘密をな」
「そっか。……良かった。空条くんと会えて、典明、本当に良かった」

 心底安心したような顔だった。ピンと張りつめていた糸が緩んだような、そんな顔だった。じわりと充血した目が再び潤んだ。










2014.11.3
title:ハイネケンの顛末





桐原さんより『花京院か承太郎相手』というリクエストでした。
花京院相手なのに当人死んだ後な上に承太郎としか喋ってなくてすいません……あと名前変換も無くてすいません……(ブルブル)
女の子は花京院が好きっていう裏設定(生かせてない)があるので花京院相手になっています。
花京院か承太郎ならどっちもぶちこめばええやんと強欲マン張り切った結果がこれでした。お粗末様でした。
リクエストありがとうございました!