一歩目


 こんな年齢から1人の男に尽くすことが出来るって相当だよななんて思いながら大会で戦った女の子を見る。同じくらいの年と思われる彼女は随分と濃い化粧をしていた。あの顔ならすっぴんでも可愛いだろうに、今の年齢から肌に負担をかける様な事をしてるのは勿体無い。それとも化粧をしなければ人前に出ることを憚ってしまうほど肌荒れが酷いという様な事情があるのだろうか。だとしたら私の考えは軽率だった。
 彼女のことはよく知らない。櫂が目の敵にしているらしいチームのキャプテンを盲目的に好いているらしいと言うのは遠目から見ていても分かったが。彼女がどこの学校に通っていて、どこに住んでいて、どんな暮らしをしているのか。性格に関しては、ファイトを通して何となく気の強い高飛車な性格なんだろうなという予想は立っていた。

「あ」
「え」

 予め言っておくが、これは全くの偶然である。たまたまお店のシフトを入れていなかった休日に街中に買い物に来たらたまたま同じショッピングモールの同じ店で彼女に会ってしまった。

「あなた、Q4の……」
「戸倉ミサキ。鳴海アサカだっけ。偶然ね」
「そ、そうね」

 Q4とAL4の男共が妙にギスギスしているのを分からないほど私も鈍感ではない。彼女が櫂と雀ヶ森レンの関係について何か知っているのかはわからないが、チーム同士で目の敵にし合っている以上、ただの顔見知りとして素直に会話が出来る様な雰囲気ではない。こういう空気、すごく苦手だ。
 このまま素知らぬ振りをして逃げてしまおう。そう思って彼女に背を向けようとした。でもその極々簡単な行為は予想外の出来事によって阻害されてしまった。
 鳴海アサカが、私の腕を掴んでいた。

「…………えっと」

 ほんの数秒の沈黙。お互いに見開いた目を合わせる。相変わらず化粧が濃いなあなんて呑気な事を考える余裕が私の脳味噌にはあるらしい。それに対して鳴海アサカにはそんな余裕が無いらしく、口を金魚のようにパクパクと開閉しながら、そのアイシャドウの塗りたくられた瞼を押しつぶす勢いで開眼させている。

「……私に何か用? 生憎今日はデッキ持って来てないからファイトは出来な」
「ち、ちょっと、お茶、しましょう」
「は?」

 余りにも予想外な言葉に間抜けな声を出してしまった。だが相手はそんな私の失態を気にする余裕も無いのか、そもそも聞いていないのか、強引に私の腕を引っ張った。加減をしていないのかちょっと痛い。
 私の都合も訊かないまま、彼女はショッピングモール内にあるカフェに入った。昼食の時間帯を過ぎているからかあまり人はいない。空いてる席にそそくさと私を引っ張り座らせられた。彼女はそのまま私の向かい側に座る。一体何のつもりなのだろう。

「あ、えっと、この後用事があったりって」
「別に何も無いよ」
「そ、そう」
「ていうかそういうのって連れてくる前に訊くものでしょ」
「そ、そう、よね」

 何だか調子が狂う。ファイト中の彼女の性格を考えれば、私がこれだけ言えば同じだけ言い返してきそうなのに。大会の時に見ていた彼女とのギャップが余りにも強くてどうしたらいいのかわからない。店員さんがお冷やを持って来てくれたので彼女に落ち着いて欲しい意味も込めて差し出した。
 水を飲み、暫しの沈黙。彼女は目線を私以外の方向へキョロキョロと動かしている。十中八九突発的だったのだろう自分の行いに狼狽えているようにしか見えない。そんなに慌てるなら連れてこなければ良いのに。彼女の事をよく知らないから彼女の行動が理解し難い。

「で、何の用?」
「え、あ、えっと」
「無理矢理連れてきたからには、何か私に用があるんでしょ?」
「……えっと…………」

 淡々と質問をすれば、彼女は口ごもってしまった。少し言い方に棘があったかも知れないが、友人でもなければどちらかと言うと嫌煙し合うような立場に居る彼女に対して気遣いが出来る程私も人間が出来ていなかった。
 口ごもった彼女は一生懸命何かを言おうとしているようだが、喉に突っかかった言葉は中々吐き出せない様だった。どんな理由や用があるのかは知らないが、せめてこちらを見たらどうなのだろう。戸惑うように右往左往する双眸は一向に私と視線を交わらせようとしない。

「…………ちょっと、話、が、したくて」

 彼女は視線を右往左往させながらたどたどしく答えた。だから、こうして呼んだからには話があるってのはわかってる。その話の内容を訊いているのだ。先程からの態度や曖昧にしか答えない彼女にじわじわと苛立ちばかりが募っていく。万が一こんな場面をお互いのチームメイトの誰かに見られたらどうするのだろうか。

「だから、その話って何の話?」

 苛々していたのが喋り方に出てきてしまった気がする。このまま席を立って帰ってしまいたくもなるが、グッと堪えた。さすがにそこまで冷たい態度を取りたくはなかった。
 私の言葉に彼女は右往左往させていた視線をこちらに向けた。顔を強ばらせながらも口を開こうとしている。彼女が声を発するのを待ちながら、彼女にこんな態度を取られるのか今までの記憶を遡ってみたが、全く検討がつかなかった。

「……特にこれと言って、ない、けど」
「は?」

 思わず素っ頓狂な声を出してしまった。用があると思ったから素直に(半ば強制的にだったが)ついてきたと言うのに。ただ、彼女の様子を見るとただ単にからかわれた様には思えなかった。

「じゃあ何で私を連れてきたのさ」
「だから、その」
「はっきり言いなよ。大会の時のアンタはもっと物をはっきり言ってたじゃない」
「……何でも良いから、話がしたかっただけよ」

 突っ込んで訊いてみれば増々わからなくなった。彼女の言語力が足りないのか私の理解力が足りないのか、いや、お互いにそこまで馬鹿ではない筈だ。そうでないと先日の大会でお互いにあれだけ善戦は出来なかった。

「何でも良いってどういう事?」
「カードのことでも良いし、互いの学校の事や好きなドラマや最近ハマってるバンドでも、とにかく何でも良いの」
「訳がわからないね。何でアンタとそんな話をしなきゃいけないの」
「……だって、友達って、そういうものじゃないの」
「は?」

 友達。彼女の言葉を脳内で反芻させる。つまり、鳴海アサカは私と友達としての会話をしたくて、こうして無理矢理喫茶店に連れてきたと言うわけなのか。全く予想もしていなかった回答にぽかんと間抜けに口を開けてしまった。鳴海アサカはと言うと、羞恥心なのだろうか頬に乗せたチークよりも更に真っ赤な色を顔に乗せて俯いている。耳や首もとまで真っ赤だ。相当勇気を絞って出した言葉なのだろうと伺える。

「……あんた友達いないの?」
「…………あ、あんたには、関係、無いでしょ」

 先程までピリピリしていたのが何だか馬鹿らしくなってしまった。思わずプッと噴き出すと向かいで顔を真っ赤にしている彼女は少し怪訝な表情を浮かべる。

「ああごめん。別に馬鹿にしてるわけじゃないよ」

 一方的な決めつけだが(だからこそ口にはもう出さないが)、きっと彼女には同性の友人と言える人がいないのだろう。親しくなる為のプロセスとか、距離感とか、そういう本来ならいつの間にか身に付く感覚を今手探りで追いかけているのかも知れない。そうじゃなきゃ、こんな乱暴な方法は取らない。

「そうだね、友達みたいに、話でもしようか」

 その言葉を聞いた時の彼女の顔と言ったら!
 きっと、雀ヶ森レンだって知らない、私しか知らない顔に違いない。










2014.8.28