お見舞い

 櫂が熱を出した、らしい。
 学校にいなかったから、また旅にでも出たんかなー次は何日で帰ってくるんかなーなんて考えてたら、櫂からメールが来てた。内容はたった4文字。

『ねつでた』

 携帯に慣れない父親の様なそのメールを見て思わず笑ってしまった。ただ、漢字変換すらしていないあたり、ひょっとしたらそれなりに高熱でうなされてるのかも知れないと心配になったので、学校が終わってすぐに櫂の家に向かった。途中コンビニでお粥とポカリを買った。

 櫂が住んでるマンションに着き、部屋のある階へエレベーターで向かう。同じタイミングで幼い女の子を連れた家族が乗っていたが、途中で降りていった。家族で生活するようなマンションに1人暮らしとかすげーなーなんて考えながら気付けば櫂の部屋の前まで来ていた。
 チャイムと鳴らし、櫂大丈夫かーとドア越しに呼びかける。数秒ほどしてドアが開いた。

「……三和か」

 ドアの隙間から見える櫂は相当へばっている様だった。普段真っ白なその肌は林檎かよと言いたくなるくらい赤い。息遣いも荒く、明らかに立っているだけでもしんどいと思えたので、急いで中に入った。
 靴を脱いで来客用のスリッパを借りる。櫂は裸足でペタペタとおぼつかない足取りで歩くので、慌てて肩を貸そうとしたが、大丈夫だと跳ね返された。だが、やはり今にも倒れそうなその歩き方は見ているこっちが怖い。いいからと半ば無理矢理自分の肩を押し付け、ベッドまで連れて行った。

「……すまない」
「気にすんなって」

 櫂が謝るとは珍しい。ベッドに寝かせ、毛布をかけてやる。横になって楽になったのか、先程よりほんの少しだけ眉間のしわが減った。

「お粥買ってきたけど食う?ポカリもあるし」
「……すまない」

 いると言う意味だと捉え、ポカリを枕元に置いた。
 お粥のパックを片手に台所に向かった。お粥を温める為に食器棚から手頃な器を取り出し、封を開けて中身を注ぐ。ラップをして電子レンジに入れ、スイッチを押す。確か冷蔵庫に梅干しがあった気がする。温めたお粥の上に一つ置き、スプーンと一緒にお盆にのせて櫂の所へ持っていった。

「かーいー、お粥持ってきたぜ」

 櫂は俺の声に反応して身体を起こした。俺が台所にいる間にポカリを飲んだらしく、中身が少し減っていた。
 そういえば熱って測ったのかと訊きながらお盆ごとお粥を渡す。櫂はお盆を腿の上に起き、一口食べた。熱かったらしく、眉間のしわが増えた。

「39.4度」
「うわーすっげー高熱だな」

 櫂は少しずつお粥を口に運んでいく。熱を出してから何も食べていなかったらしく、その体調の割には比較的早く完食した。お盆を受け取り、台所に持っていく。とっとと洗っておこうと思い、スポンジに洗剤を含ませる。昨日の分と思しき食器も洗い場に置きっ放しになっていたのでついでに一緒に洗った。冬なのもあって水道水が手に沁みる。
 冷えた手をこすりながら櫂の元へ戻る。櫂の顔を覗いたら目を閉じていた。寝てしまったらしい。額に貼っていた冷却シートが半分程剥がれていた。新しいのを貼ってやろうと思い、取れかけのそれを櫂の額から剥がす。額に手を置くと、櫂の熱がかじかんだ手の平を心地良く温めてくれた。俺の手の冷たさに反応したのか、櫂の瞼が動く。起こしてしまったかと思ったが、寝息は乱れずに一定のリズムを刻んでいる。
 薬などが入っている棚を開き、新しい冷却シートを取り出す。櫂の前髪をかき分け、そっと貼った。相変わらず顔は赤いが、眉間のしわは消えている。
 毛布からはみ出ている櫂の右手を掴む。火照った顔に反してひんやり冷たい。力なくふにゃふにゃとしたその手を、自分の手で握ったり指を絡めたりしてみる。櫂が寝てなきゃこんな事出来ないな、なんて考えながらその細く骨張った手を眺める。

「早く治してくれよ〜櫂」

 櫂にも届かない程の小さな声で呟き、そっとその指に口づけた。





2013.11.21