ぎえ〜!


 さて、めでたく約束を取り付け尚かつ遊馬くんからもデュエルの手ほどきをして貰える事になった私ですがここで一つ悲報があります。毎日学校が終わっては家に直帰してデッキ片手に遊馬くんの家にお邪魔する日が続いていたら学校の友人に遊馬くんとの関係を疑われました。誠に遺憾である。ちゃうねん私が好きなのはWさんやねんと関西人が聞いたら右目に親指を突っ込みながら殴り抜けてきそうな似非関西弁で否定をしたがミーハーと恋心を混同するなと何故か逆に私が怒られた。混同どころかそもそも遊馬くんに対してそんな気持ち抱いてねーわ殴るぞとうっかり物騒な言葉を友人に吐き捨ててしまったが、そんな私は遂に約束の日が明日に迫っていたので周りからの意味の分からない誤解なんて痛くも痒くもないのである。定期テストが終わった後よりも晴れやかな気持ちで今日も私は学校が終わった途端に競歩の様な早足で帰宅し、8割遊馬くんから借りたカードで構成されたマイデッキを手に取り、意気揚々と斜め前の遊馬くん宅へ向かった。
 毎日の様に遊馬くんにデュエルのあれこれを教えて貰ったお陰で私はなんとかカード触りたて初心者からちょっと手慣れた初心者に昇格出来た様な気がする。さすがWDCチャンピオンなだけある遊馬先生の初心者講座はとても分かり易かった。たまに何も無い空間に向かって文句を言ったり私の質問を復唱したりしていた事は見ない振りをする事にした。誰だって疲れたらイマジナリーフレンドを作りたくなってしまうものだ。私も遊馬くん程の年齢の頃にはスタンドの存在を信じていたし鬼の手や守護霊に憧れたしコンパクトにテクマクマヤコンと唱えれば美人でボンキュッボンなお姉さんに変身出来ると思っていた。私も君と同じ道を歩んできたのだよと慈愛に満ちた瞳で見つめていたら気持ち悪いと一蹴されたのでお姉さんは傷ついた。
 だがしかし、である。こうして毎日レクチャーを受けながら何度も何度も遊馬くんと模擬戦を行ったが一度も遊馬くんに勝つことが出来ていない。回数にして0勝73敗である。丁度今74戦目が終わった。私の敗北数が1つ加算された。
 飽きもせずに付き合ってくれる遊馬くんのデュエル脳っぷりにも驚いたが、私自身の弱さにもびっくりした。遊馬先生監修によるそれなりに強いデッキ(遊馬先生談)だというのにただの一度も勝てないとは如何なものなのだろうか。きっとカードが悪いに違いないと確信した私は試しに遊馬くんとデッキを交換して再戦したら負けた。カードじゃなくて私が弱いだけだった。

「俺からWに手加減してもらうように言っておこうか?」

 同情する様な瞳の遊馬くんに子供を心配する過保護な母親の様な事を言われてしまい、もう私のプライドはズタボロである。つらい。泣きたい。だがしかしここでめげる名前ではない。そもそもWさんに勝とうなんていう気は毛頭ないのである。あわよくば遊馬くんを通して個人的な付き合いが出来ないだろうかという下心は抱いているが、さすがにデュエルで負かしてやろうだなんて虫が良すぎる話だ。前者の方が虫が良いと思ったそこのあなたは今すぐリアルファイトの相手してやるからかかって来い。

「そもそも勝てる事なんて期待してないから良いよ」
「えー折角デュエルするなら勝つ気で行こーぜ」
「いや私そこまでデュエル馬鹿じゃないしWさんとデュエルしたっていう既成事実さえあれば良いし」
「つーかWのどこが良いんだ?」

 何だとこのヤローテレビに映ってるWさん格好良いだろうがと喧嘩を吹っ掛けそうになったが脳内で明日は生Wさんと3回唱えて気持ちを落ち着けた。きっとWさんという言葉の半分は優しさで出来ている。

「いやでもあいつテレビでは猫被ってるっていうか」
「別に私Wさんがテレビのまんまだなんて思ってないよ」

 テレビではある程度キャラづくりをすることくらい猿でも知ってるのでWさんがテレビで映っている通りの人物だなんて思っていない。でも絶対に紳士だし絶対に優しいし絶対に立ち振る舞いから育ちの良さが見えるというのは確信している。あとWさんはトイレに行かないしおならもしないしゲップもしない。遊馬くんの顔は明らかにドン引きしていた。
 デュエルをしつつ、デッキの中にある色んなカードの色んな効果や使い方について確認をした。覚えておかなければいけない量が尋常ではないため、ただでさえ物覚えの悪い私の頭はキャパシティーオーバーである。明里さんが以前、遊馬の学校の成績が云々なんて愚痴を漏らしていたが、そりゃカードに夢中になってたら勉強なんて出来なくなるわと肌で実感した。普段カードをやっていない筈の私の成績が芳しくないというのは魔法界での名前を呼んではいけないあの人と同じくらい決して触れていけない話題です。

「遊馬ーごはーん」

 明里さんの声が聞こえてきたことで私は今すっかり時間が遅くなってしまっている事に気が付いた。長居してごめんと一言謝りながら帰ろうとしたら、遊馬くんを呼びにきた明里さんに「名前ちゃんの分も作ったから」と夕食に招待されてしまった。人の家でご飯を頂く事に慣れていない私は非常に申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら遊馬くんの隣の席へ腰を下ろした。因みに私の家には既に連絡済らしい。はえーよホセ。そういえば明里さんと私の母は年齢差を感じさせないくらい仲が良いんだった。
 九十九家の本日の夕飯はふっくらと炊きあがったご飯にお味噌の香りがふんわりと漂う味噌汁と、衣がサクサクに揚がったクリームコロッケ、様々な種類の新鮮な野菜とシーフードの入ったサラダ、そして遊馬くんのおばあちゃんお手製だという漬物だった。料理が面倒だと時々夕食にカップ麺を出してくる母も見習ってほしいくらいの豪華さである。いや、豪華さは重要ではない。どんなに美味しそうな見た目でもあまり美味しくないパターンもあるって憤怒の罪の男の子が体現していた。いざ実食、と某食わず嫌い王の様な心持ちで私は手を合わせて食前の挨拶をした。
 匂いに誘われるまま、緩やかに湯気を立たせている味噌汁を啜る。美味しい。きらきらと白く輝くご飯を口に運ぶ。美味しい。クリームコロッケ、サラダ、漬物とどんどん机上に並んでいる料理を口に運ぶ。全部美味しい。これが料理漫画だったら今私の背景はベタフラッシュで稲妻が走っていたに違いない。そして脳内で口にした料理達に対して様々な言葉を駆使して宛ら詩人の様にロマンチックにその美味しさを褒めちぎるのだ。まあ私ボキャブラリーが貧相だからそんな事出来ないんだけど。
 遊馬くんは毎日こんな美味しい料理を食べているのか……羨ましい事この上ない……。ちらりと隣の遊馬くんを見たら、大して味わう様子も無く流し込む様にご飯を食べていたので、もっとゆっくり味わいなさいと軽く小突いた。うるせーと言いながらも口に流し込むスピードを緩めた遊馬くんは素直で宜しい。だがしかし味わって食べている様子は無い。ご飯は飲み物ですってか。
 明里さんとおばあちゃんに美味しいですと伝えると2人とも嬉しそうな顔をしてくれた。明里さんは良いお嫁さんになりますねと言ったらちょっと照れた様子だったのが非常に、とても、実に、めちゃくちゃ可愛かった。謙遜されたけど少なくとも時々朝食に焦げた目玉焼きを出してくる私の母よりはずっと良い主婦になると思う。というか私の母さんと代わってくれないかな。明里さんが母親になったらどんなに怒られたとしても圧倒的マザコンになる自信がある。

「ごちそうさまでした。今度良かったら私の母に料理の手ほどきしてやって下さい」

 私の心の底から湧き上がる渇いた叫び(九十九家には冗談に受け止められてしまった。無念)を伝え、お邪魔しましたと遊馬くん家を後にした。いよいよ寝て起きて学校が終わったらWさんとのデュエルである。いよいよという実感に土器がムネムネだ。頭の中では唐揚げが大好きな埼玉出身の某うたのプリンスがDOKIDOKIだろと喧しく歌っている。
 ふと、携帯にメールが届いている事に気付いた。開いてみると、Vくんからだった。

『明日は宜しくお願いします、と兄様が言ってました。17時にハートランド公園で、宜しくお願いしますね』

 まさかの内容に思わず駆け足で家に帰り、自室のベッドに勢い良くダイブした。この全身から溢れ出る喜びと興奮とその他諸々湧き上がる衝動を一体どうやって昇華させれば良いのか分からずひたすらにベッドの上でのたうち回った。父が養豚場の豚を見る様な目でこちらを見ていたが今の私にはそんな事は知ったことではなかった。まままままさかWさんが私なんぞという平民を気遣って下さるだなんてこれっぽっちも思わないではないか。きっと明日は雨の代わりにワインが降るくらいの奇跡が起きるに違いない。あっ駄目だワイン降ったら雨天による順延は免れられない。道ばたの小石が全部パンに変わるくらいに留まってほしい。
 ベッドの上ではしゃいでいたら疲れてそのまま眠ってしまった。Wさんに会う為に女子力を磨く気満々だった私はそんな暇も無い慌ただしい朝を迎える羽目になってしまったのだった。










2014.10.25