ひょえ〜!


 めでたくあの極東チャンピオンのWさんと一戦を交えるというまさに神の啓示の様な素晴らしく有り難い約束をゲットした私ですがあくまでこれは口約束にしか過ぎないと言う事に気付いて大いに慌てた。映画やアニメの背景に溶け込んでいる様なただのモブ女との口約束などお忙しいWさんの事だから3時間も経てば忘れてしまうに違いない。3時間どころか3歩歩いたら忘れているかも知れない。何と言ったってモブ女との約束なのだから。ちょっと待ってどうしよう。折角ゲットした大変素晴らしい約束も果たされなければ何も無かったと同様ではないか。それにうっかり学校で自慢しまくろうなんて考えていたが果たされる気がしない約束を自慢したってそれは妄言と変わらないのでクールにWさんを好いていた私が犯して大丈夫な失態ではない。あ、でもWさんと遊馬くんが知り合いだった事は自慢しよ。
 兎にも角にもこの約束を完遂させる為にはWさんと再度コンタクトを取らなければならないと意気込んだ私は勿論個人的に連絡を取る手段を持っているわけ等無かった為、一縷の望みを賭けて遊馬くんにWさんと連絡を取れないか頼んでみたらVとなら連絡取れるぜとあっさり上手くいく事になった。本当遊馬くん様様ですわ肉まんだけじゃなくピザまんも奢ろう。奢りの大盤振る舞いだ! 有難く受け取るが良い!
 というわけで早速遊馬くんに連絡を取って貰ったところ、どうやらWさんは有名人と言う事もあってかおいそれと連絡先を教えるわけにはいかないそうだ。内心舌打ちをしながらもVくんの連絡先は教えても構わないとの事だったのであの可愛い男の子の連絡先を知る事が出来ただけでも私は充分興奮したしあのWさんの実弟と自由に連絡を取ることが出来るようになったと言う事実だけでも私のテンションは最高潮なのであった。小さく飛び跳ねながら喜んでいたら遊馬くんに変な目で見られたが私も時々何も無い空間に向かって見えない何かと会話をするように独り言を話している遊馬くんを変な目で見ていたので大目に見てあげた。
 遊馬くんを通じて貰ったVくんの連絡先に早速メールをしてみる。何だか無性に緊張するが私が今から連絡するのはVくんであってWさんではないのだ私落ち着け私さっきからタイピングミスばかりしてるぞインド人を右にみたいなミスしたら恥ずかしいなんて話では収まらないんだから落ち着けよ私!
 震える右手を引っぱたきながら何とかメールを送ったら数分ほどで返信が来た。Vくんまめに連絡を取れるタイプなのかな。ドキドキしながら受信メールを開く。まるで彼氏からのメールを待っていた彼女みたいだうわーきゃーと彼氏いない暦と年齢が一緒の私が考えながら開いたメールは意外と淡白な文章だった。淡白だったが私が興奮するには充分すぎる内容だった。

「Vです。W兄様とのデュエルの約束の件ですが、来週の木曜日なら空いているそうです。そちらの都合はいかがですか?」

 来週の木曜日にWさんとデュエルが出来る!!!! 来週の木曜日に!! Wさんと!! デュエルが!! 出来る!!
 ぎゃああと女子力も糞も無い悲鳴をあげながら急いで手帳を開き予定を確認する。あ、学校で委員会の集まりがある。けどそんなの知らねえこっちの方が大事だとボールペンで書かれたその予定をしっかり修正テープで覆ってその上からめちゃんこ可愛い文字で「Wさんとデュエル」と書いた。自分にしては珍しく赤やピンクのペンで可愛くデコレーションもした。まるで彼氏とのデートの予定を描き込んだ彼女の様だと彼氏いない暦と年齢が一緒の私は思った。早急に返信をしなければと今度は興奮で震える両手で返信を打つ。木曜日問題無いです学校終わってからお願いします。打ち込んだ文章を何度も確認して推敲してから送信ボタンを押す。送信完了の文字を確認してからへなへなとその場に座り込んでしまった。あのWさんと本当にデュエルが出来る。あのWさんと直接会って直接会話を交わすことが出来る。これはえらい事になってしまった。周りにめちゃくちゃ自慢しよう。

「名前ーお前本当にWとデュエルすんの?」

 不意に後ろから声がしたので振り向くと変なものを見る様な目をした遊馬くんがいた。あたぼーよと返すとお前デュエルめちゃくちゃ弱いじゃんと小生意気な口を叩いてきたので、売られた喧嘩はローンを組んででも買うのが主義な私はその挑発にまんまと乗ってしまったのだった。結果は惨敗でした。瞬殺でした。ワンターンキルって言葉は聞いたことがあったけど都市伝説だと思ってた。リアルファイトなら絶対負けない自信がある13歳という年齢相手にデュエルとは言え瞬殺されてしまったショックとワンターンキルという私の中で都市伝説だと思っていた現象を目の前で目撃してしまった感動に打ち震えているとW結構つえーぞ大丈夫かよと心配そうに遊馬くんが言ってくる。そもそもWDCで優勝したあんたにカード触りたて初心者と同様の私が勝てるわけが無いでしょと思ったが、Wさんは確実に遊馬くんと同じくらい強いに違いないのでこのままだとろくに会話を交わす事も無くデュエルが終わってしまう。それは折角のチャンスを棒に振ってしまうに等しいので来週の木曜日までに何としてでも私はカードに触りたて初心者からちょっと手慣れた初心者くらいには昇格しなければいけない。遊馬くんお願いデッキ一緒に作ってと頼んだら快く承諾してくれたから本当この子はいい子に育ってくれて嬉しいわと親戚のおばちゃんのような気持ちになった。お礼にコンビニで肉まんとピザまん奢るねと言ったら肉まんよりハーゲンダッツが良いと中々贅沢な要求をしてきたのでちょっとイラッとした。でもWさんと会ってデュエルして貰う為の出費と思えば安いものだ。遊馬くん今日の私がご機嫌で助かったね。
 早速デッキを見てもらったら遊馬くんに主軸は何だとかコンボがうんたらとかよく分からない事を色々言われたのでお前は何を言っているんだと顔を斜め45度の角度に傾けながら尋ねたら13歳の遊馬くんにお前は一体今までどうやって生きてきたんだと言わんばかりの視線を向けられたので16歳の私は再びイラッとしたけどこれも全てWさんと視線を交わして会話をして同じ空の下の空気を吸う為だと言い聞かせながら我慢した。遊馬くんの言ってる事は今いちよくわからないがどうやらデッキを作るには主力となるカードやそれを手助けする為のカード等をきちんと考えて構成しなければいけないらしい。そんなの可愛いカードだけ突っ込んだ私の有り合わせデッキにあるわけない。

「しゃーねえなあ。俺のカード少し貸してやるよ。それで一緒にデッキ組もうぜ」

 いい子に育ってくれた遊馬くんの天使の囁きのお陰で私の有り合わせデッキも町内会でのデュエル大会予選善戦くらいのレベルにはなってくれそうである。欲を言えば可愛いカードだけで構成された女子力カンストデッキにしたかったけどWさんとデュエル出来るならこの際汗臭いマッチョで構成された男気溢れるデッキになったって良い。あ、でもWさんのデッキ確か女の子の人形のカードとか入ってたな。せめてそれと拮抗するくらいの女子力は忍ばせておきたいな。









2014.5.4