22


 途中屋上に出る階段が分からず迷子になりかけたが武藤くんのおじいさんに案内してもらう形で私と武藤くんのおじいさんは無事屋上まで辿り着く事が出来た。実に不甲斐ない。

「真崎さん!!」

 飛び込むように戸を開ける。外は暗く、空には星が綺麗に瞬いていた。ひゅうという風の音を耳に入れながら、前方に映る2人の影を確認した。武藤くんとシャーディーさんが対峙している。2人は向かい合ったままこれと言って目立った動きはしていない。闇のゲームの決着がついたのだろうか。真崎さんは無事なのか。
 不意に横から名前を呼ばれた。声のする方向へ振り向くと、何故か外側から危なっかしくフェンスを乗り越えている城之内くんがいた。その隣には同じようにフェンスを乗り越えてくる教授が居る。全身に白い粉のようなものを被っていたり口元が随分と腫れ上がっていたりなど、研究室に居た時よりも随分と凄惨な姿になってしまっていたが、その時のような自我を失っている様子は無かった。フェンスを乗り越えるその動きは数十分前に見たゾンビのような無意識によるものではなく、きちんと自分の意志で動いている元の教授のものだった。
 そのフェンスのすぐ近くには真崎さんもいた。遠目からでは細かい表情までは分からないが、教授が元に戻っているなら恐らく彼女もあの虚ろな状態ではなくなっているのだろう。武藤くんのおじいさんと一緒に彼らの元へ走った。

「よっ! 名前にじーさん大丈夫かー!」
「城之内くんこそ大丈夫だった?」
「見ての通りだぜー!」

 城之内くんと軽く会話を交わした後、真崎さんに駆け寄った。予想通り、彼女も元に戻っていた。見た所怪我もしていないらしい。安堵の息を吐きながら彼女の腕を掴むと、心配をかけてごめんねと謝られた。
 真崎さんは怪我こそしてはいなかったものの、顔がほんのり赤くなっていた。何かをされたのではと心配になり、どうしたのかと尋ねたが慌てた様子で何でもないのだとはぐらかされてしまった。腑に落ちないが、本人が大丈夫だと言う以上は追求すべきではないのだろう。
 武藤くん達の方へ目を向けると、2人は対峙したまま何かを話しているらしかった。距離が空いているのと風が吹いているのとで声はよく聞こえない。ただ、真崎さんが元に戻っているのを見ると、ゲームの決着はついているらしい。

「おい名前、お前あのターバン野郎の事知ってるか?」
「え、い、いや、知らない……」

 フェンスから降りた城之内くんが突然私に尋ねてきた。様子から今回の一件が彼の仕業だという事は察しているらしい。全く知らないわけでは無いが、説明出来ない以上は無知と一緒だと思って誤摩化した。

「取りあえずよーこんな目に遭わせたなら一発くらい殴らせてもらっても文句は言えねーよな!」

 城之内くん達が徐に2人に近付きだしたので慌ててその後ろを追いかけた。いくら何でも暴力沙汰は穏やかではないので止めてほしいし、得体の知れない力で同じような事の繰り返しにもなりかねない。
 武藤くんの後ろに私達5人が並び立った。シャーディーさんは白い衣装を風に靡かせながら私達をじっと見た。挑発的な態度で城之内くんが声を張った。

「おいターバン野郎! ここは俺達の領域だぜ! てめえじゃ入って来れねーな!」
「ああ……その通りだな……」

 予想に反してシャーディーさんは身を翻してその場から立ち去った。最後に何か意味深な事を武藤くんに言っていた様だが、風の音に紛れて私にはよく聞こえなかった。

「なんでえ……ワケわかんねーことぬかしやがって! あのターバン野郎!」
「ねえ城之内と名前ちゃん。それよりさあ……」

 ふと真崎さんが口を挟んできた。こっそりと耳打ちするように話しかけてくるので、風に邪魔をされないように彼女に近付いて耳を峙てた。

「さっき遊戯……別人みたいな顔してたの……」

 ギクリ。顔の筋肉が強ばった。城之内くんが横から俺も見たと同意を示す。困惑する様子の2人に、武藤くん本人すら知らない秘密を知っている私は2人に説明をすべきなのか判断を迫られた。
 そんな狼狽している私に気付く事のない城之内くんは2人の間に浮かんだ疑問を払拭する為に武藤くんに近付いた。私達の前でシャーディーさんが立ち去るのを見送っていた武藤くんの表情はわからない。ゴクリと喉を鳴らしながら城之内くんは武藤くんに話しかけた。

「おい遊戯!!」
「……どーしたの? 城之内くん」

 丁度脳内の小さな私達が緊急会議を行った結果知らない振りをしようという案を採択したところに、武藤くんの素っ頓狂な声が聞こえてきた。どうやら普段の武藤くんに戻ったらしい。訝しんでいた2人は動揺しながらも何でもないのだと誤摩化していた。私が内心ほっとしたのは言うまでもない。

「皆さん……私の研究室に遊びに来て下さったのに碌におもてなしも出来ませんで……」

 昼間のときの様な朗らかな雰囲気で教授は記憶が飛んでて身体の節々が痛いのだと言葉を続けた。ただ、朗らかなのは雰囲気だけで、その見た目は何度も供述しているようにとても凄惨なものである。微笑む教授の口の中は所々歯が折れた事によって無惨に空洞を作っていた。近くで城之内くんと真崎さんが罪のなすり付け合いの様な口論を小声でしている。私は自分が何故そんな状態になってしまったのかわからない教授に内心同情した。



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