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「あ、美術館の次の展示もうすぐだったよね。次なにやるんだっけ?」
「エジプトの発掘展だって」
「ああ〜王様のお墓が新しく見つかったんだっけ。行く?」
「うん。なんかね、友達のおじいさんがお墓発見した人と知り合いなんだって。それで招待してもらった」
「あら、てことは無料? 良かったじゃない。世間って狭いのね〜」
「ね〜」

 なんていう母とのやり取りから分かるように、童実野美術館で明日から始まるエジプト発掘展の招待券を貰った。なんでも武藤くんのおじいさんが発掘に携わった大学教授と交友があるらしく、彼の招待のおこぼれを貰う事が出来たと言うわけだ。コネクションって素晴らしい。元々美術館や博物館に行くことは好きだった上に、友達と行けると言う事実に心が躍る。普段は静かに見たいと言うのもあって1人で行くか両親と一緒に行くかのどちらかだったので、友人と鑑賞に行くと言う初めての体験に土器がムネムネ。
 あとは寝坊さえしなければ大丈夫。とか言ってるとフラグになるから今日は早めに寝よう。ドキドキして眠気が来ないっていう遠足前日の小学二年生男児みたいな状態になってるけどベッドに寝転がって目を閉じればその内寝るだろう。瞳を閉じて美術館-きみ-をえがくよ。おやすみなさい。

「みんな揃ったみたいね!」
「おー!」

 午後から集合というお陰もあって、今日は寝坊も遅刻もせずに集合時間に集まる事が出来た。この調子で寝坊癖を治していくことが出来たらこの先の人生バラ色になる様な気がする。

「いや……実はワシの友人ともここで待ち合わせをしとるんじゃ……もうちょっと待って!」

 武藤くんのおじいさんはキョロキョロとその友人の姿を探す。その横では城之内くんが武藤くんの服装について言及していた。休日なのに学ランを着ている武藤くんはやっぱり変かと聞き返していたがどう考えても変だと思う。学校の課外授業で見学に来た中学生みたいだ。口に出したら武藤くんの機嫌を損ねそうだから黙っておこう。

「武藤さーん」
「ほほ、来よった来よった」

 声のする方へ視線を向けると、朗らかな雰囲気のおじさんがこちらへ手を振りながら近付いてきた。彼が武藤くんのおじいさんの友人らしい。武藤くんのおじいさんよりは幾分か若そうに見えるが、どんな経緯で知り合ったのだろう。武藤くんのおじいさんの交友関係は中々謎だ。
 2人は軽い挨拶を交わすと、私達の方に向き直って改めて紹介をしてくれた。

「皆にも紹介しよう! こちらが吉森教授じゃ」
「初めまして」
「おおー、王様の墓を発見した今や時の人だぜー!」

 ちゃんと挨拶しなさい城之内くん。と言いたい所だったが、私も世紀の発見なんて言われている様な偉業を成し遂げた人が目の前にいると考えたら緊張してしまい、その場で会釈をする事しか出来なかった。コミュ力が足りない。
 その吉森教授の隣には小綺麗な格好をしたデブ間違えた小太りの中年男性がいる。この人も武藤くんのおじいさんの知り合いなのだろうか。

「そちらの方は……」
「ハイ! 今回の展示会の主催者であり、発掘の資金援助をして下さった美術館の館長の……」
「金倉です! 私の美術館にようこそ!」

 この美術館の館長さんってこの人だったのか。ただの一般客の1人としてしかこの美術館には来る事は無かったので初めてお会いした美術館館長にも軽く会釈をする。館長さんが吉森教授に何かを耳打ちすると吉森教授は少し腰を低くしながら武藤くんのおじいさんに千年パズルについて尋ねてきた。
 千年パズル、という単語がまさかこの身内以外から出てくるとは思わなかったので少し心臓が跳ねた。彼らは千年パズルの事をどこまで知っているのだろう。まさかあのオカルトな力の事まで知ってるとは思えないが、この得体の知れないパズルの事を何か知っているようなら少し話を伺ってみたい。

「ほほ……そーいえば話しとったか……」

 そう言いながら武藤くんのおじいさんは武藤くんを吉森教授の前に呼んだ。彼の首にかけられている逆三角形のパズルを目にした途端に、吉森教授と館長さんの目の色が変わった。

「それかー!! 噂の『千年パズル』というのはー! 是非ワシに見せてくれ〜!」

 館長さんの興奮した態度に気圧された武藤くんは言われるがままに首からパズルを取り、館長さんに渡した。仰々しく両手でパズルを抱えた館長さんはその勢いのまま舐める様な目線でパズルを眺める。

「こ……これはすごいですぞ〜! 古代エジプト史に残る文化的遺産だ〜!!」

 館長さんがパズルを少しでもしっかりと目に焼き付けようと両手の上でくるくると様々な角度に傾けるので、時々パズルに反射した太陽の光が目に当たって眩しい。吉森教授曰く館長さんは美術商を専業しているから利き目は確からしい。そんな人がこれ程興奮した様子で眺めているあのパズルは相当な価値を持っているようだ。何となく珍しいものなんだろうなとは思っていたが、まさか文化的遺産とまで言わしめるものとは思わなかったので、私も思わず館長さんと一緒にパズルを凝視した。写メ撮っとこうかな。

「何か不思議な力が宿ってそうですよね」
「ハハハ! ひょっとしたら昔のエジプト人の怨念が籠っているかもね」

 怨念。教授の言葉にドキリとする。武藤くんのもう一つの人格がこのパズルが作られた時代のエジプト人の怨念だったらどうしよう。いやいやいやそれはさすがに百歩譲って今までの事をきちんと肯定して事実として受け入れても有り得ないだろう。そもそも彼の中にいる別の人格がどうしてパズルと関わるというのだ。と思ったが、今まで見聞きした事実を思い返せばパズルが関係していないなんて断言出来ない。それに、私も一応神霊的な信仰の歴史が深い日本と言う国で育った身ではあるので、非科学的な事をすっぱりと否定出来ない。もしかしたら、ひょっとしたら、と有りもしない事だと頭では分かりつつも片隅には信じてしまう気持ちが潜んでいる。半信半疑とは正にこの事なんだろうなと館長さんの太い指に抱えられたパズルを一瞥した。丁度そのタイミングと重なるように館長さんがパズルに一心に注いでいたその視線を武藤くんに向けた。

「遊戯くんお願いだ!! この千年パズルを今回の発掘展で是非展示させてくれないか!!」
「え〜!!」
「たのむ!」

 武藤くんの許可云々の前にそんな突拍子も無い事をして大丈夫なのか。でも館長なんて偉い立場の人が自ら希望するなら問題無いのだろう。目の前の武藤くんは困った顔をしているが、たぶん彼の今までを鑑みるに断ることは出来ないんだろうな。

「そ……それじゃあ1日だけなら」

 やっぱり。館長さんは1日でも結構だと返答をし、携帯でどこかに連絡を取り始めた。話の内容からこの展示の関係者にパズルを展示する旨を伝えているらしい。展覧会が始まるまでの仕組みは今いちよくわかっていないが、こんな急な話をぶっ込まれると関係者も大変なんだろうなと館長さんの電話越しの相手を宥める様な声を聞き流しながら皆で美術館の入り口へ足を動かした。
 吉森さんから招待券と書かれたチケットを受け取り、展示の入り口に立っている受付のお姉さんに渡すと、千切った半券を返された。本当に無料で入れちゃった。今更ながら運が良い。この調子で図録も無料で貰えたら運が良い事この上ないけど流石にそこまで美味しい話は無いだろうな。
 イントロダクションが書かれているキャプションに目を通そうとしたら私の後ろを城之内くんがすげーと興奮した声を上げながら駆け抜けていった。静かにしろと思いながら声がする方へ顔を向けたら丁度真崎さんに殴られていた。黙らせたのは感謝するけど暴力行為も美術館では控えて下さい。

「このお宝ってさー全部掘り当てた人のモンになるのかー!?」
「じ、城之内くん声でかいってば……」

 前言撤回で私もこいつ殴りたい。いや待て落ち着け名前。震える右手をぐっと押さえながら苛立ちを押し殺した声でそっと城之内くんに注意したら、先程真崎さんに殴られたのが堪えていたのか、城之内くんはすぐに静かになった。

「ハハハ……そうだといいんだけどね! 1921年までは宝物の半分を発掘者が所有する事が出来たが、今はエジプト考古局のものさ! だから1922年に見つかった有名なツタンカーメンの財宝も発掘者は何一つ手に入れる事が出来なかったんだよ」

 へーと教授の話を聞きながら展示品を見回った。無料な上に専門家の解説を聴きながら鑑賞出来るなんてつくづく武藤家のコネクションに感謝するしかない。吉森教授の解説はさすが大学教授なだけあってわかりやすかった。これは別に図録が貰えなくても良いな。後でお布施として自分で買っとこう。
 それにしても随分展示品が多い。全部今回見つけたものなのかと尋ねたら、今回発見したお墓の時代や人物に関わるであろう今までの出土品も一緒に展示しているらしい。この質問がスイッチになったのか、吉森教授は先程よりも更に饒舌に展示品について語り出した。エジプト文化が相当好きなんだろうな。好きじゃなかったら大学教授なんてやらないか。

「ではワシはこの千年パズルを展示するので失礼させて頂きますぞ!」

 そう言いながら関係者口の方へ向かっていった館長さんを見送った。武藤くんは館長さんの背中を見ながら何も無い胸元を左手でいじっていた。

「遊戯スゲーじゃん! 遊戯の宝物がエジプト展で有名になるんだぜー!」
「エヘヘ、そっかなー!」
「あとでさーパズルの前で記念写真撮ろーよ!」

 静かな博物館に私達のワイワイと騒ぐ声はよく響いた。ちょっと騒ぎすぎなんじゃ、と教授の方を見たら本人も楽しそうだったので気にしない事にした。が、周りにいた客が気にしていたので人目を気にするタイプと自負する私はやんわりと注意した。



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