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 本田くんに引っ張られるままお店の前に来た。気付けば雨が降り出していた。今日降水確率10%だったんじゃねーのかよ10分の1の確立こんな時に引き当てるなよ。傘はおろか折り畳み傘も持っていなかったのでせめてでもと鞄を頭の上に置いた。

「遊戯、杏子、苗字、ここから先はお前らは入ってくんな! 俺1人で行く!」

 私をここまで引っ張って来たのは本田くんの癖に何言ってんだ。でも私なんぞが迂闊に入って先日のゲーセンのときのようになってしまう可能性も否めないのでここは素直に従った方が良いかも知れない。何より怖くて不良のたまり場に突っ込んでいきたくない。

「で……でも本田くん!」
「やつらはお前らが関わる様な連中じゃねえんだ!!」
「む、武藤くん、私達が行っても足引っ張るだけだよ。たぶん」
「そういうこった。遊戯!俺らみてえのとツルんでも……お前は荒んだりすんなよ! な!」

 本田くんはそう言い残すとお店の階段を勢い良く降りていった。武藤くんが追いかけていこうとしたので慌てて真崎さんと制止した。武藤くん駄目って言われる事程したがるのな。
 間もなくして本田くんが戻って来た。喧嘩を売りにいった割には余りにも戻ってくるのが早すぎるのでどういう事か尋ねたら、店の中はもぬけの殻だったらしい。1人倒れている奴がいたが、すっかりのびていて聞き出すことが出来なかったとか何とか。

「え……それじゃあ城之内くんは……今どこに……」
「わからねえ……だが店ん中の荒れた様子を見ると城之内の奴かなりやばい状況かも……」
「早く見つけ出さなきゃ!」

 私達はずっとお店の出入り口が見える付近に居たので裏口かどこかから出て行ったのかも知れない。本田くんの案内でお店の中に入ってみると、カウンターの横に裏口と思しき扉があった。恐らくここから出て行ったのだろう。店の中は随分とぐちゃぐちゃになっていた。裏口のすぐ傍には先程本田くんが言っていた隣玉高の人が倒れている。

「手分けして探そう!」
「よし……だが見つけたらすぐ俺に知らせろ! 絶対やつらに関わるんじゃねーぞ!」
「う、うん。じゃあ本田くん携帯の番号教えて。見つけたら電話する」
「おう、俺の番号これな」
「えーっと……おっけ、ありがとう」

 裏口から飛び出し、各々が四方に別れて走り出した。今更ながら中々大変な事になった様な気がする。外はいつの間にか本降りと言える程激しく雨が降り出していたので、もうあのテレビ局の天気予報は信用しないようにしよう。お天気お姉さん可愛かったんだけどなあ。
 鞄を頭上に上げていたものの、あっという間に全身びしょ濡れになってしまった。スカートが足に貼り付いて走りにくい。最早鞄を傘代わりにしていても意味を成さない有様だったので諦めて鞄は肩にかけ直した。
 雨に濡れている所為か何だか寒い。風邪ひくかも。というか周りの人達は皆傘を差しているのに私1人だけ全身で降り注ぐ雨粒を受け止めていると言うのが非常に恥ずかしい。漫画とかドラマとかで何かに思い詰めた登場人物が傘も差さずに土砂降りの街中をふらつく描写をたまに見るが生憎私の場合は降水確率10%というお天気お姉さんの言葉を信じただけであって思い詰めてる訳でも青春してる訳でもない。体裁を保つ為にコンビニでビニール傘を買った方が良い様な気がしてきた。すれ違う人達の視線が痛い。目立つのは嫌いなのにやめてほしい。これも全部元を言えば城之内くんが原因なのでやっぱり缶ジュースの一本でも奢ってもらおう。家庭環境もあいつの懐事情も知るか。
 しばらく街中を走り回ったが中々見つからない。どこに行ったのか全く検討がつかないため闇雲に探しまわっていたのだが少し頭を使った方が良いのかも知れない。今の私は見た目は子供頭脳は大人だ発想を光らせろ私!

「不良が集団で行きそうな場所……人気の無い場所……歩いていけそうな距離……」

 口に出して分かる事や思い当たる事を整理しながら再度足を動かす。そういえば本田くんが城之内くんがやばい状況なのかもと言っていた。やばいってどういうことだろ。お店は荒れてたし1人倒れてたから城之内くんが暴れたのかな。暴れて返り討ちに遭ったとか? ドラマにありそうな展開だ。こう言うとき返り討ちに遭った不良はどうなるっけ。
 くしゃみが出た。背筋に嫌な寒気が走る。あーこりゃ本格的に風邪ひきそうだなあ。ココア飲みたい。家に帰りたい。
 せめて少しでも寒さを和らげようとコンビニに向かおうとしたときだった。雨音に紛れて叫び声の様なものが聞こえた。気のせいかと思ったが断続的に聞こえる。耳を傾けてみると城之内君の声の様な気がしてくる。勘違いかも知れないがそうでなくても人がこんなに何度も叫び声を上げる状況と言うのはただ事ではない筈だ。声が聞こえる方向へ足を進めた。

 場所は思ったよりも近かった。工場近くの使われなくなった倉庫らしい建物内からその声は聞こえて来ていた。ただ、段々とその声が弱々しくなってきている。壁に大きな穴が開いていたのでそこから覗いてみた。

「……ひっ」

 悲鳴が漏れそうになった口を咄嗟に両手で覆った。城之内くんがいた。天井からつり下げられたフックに両手を縛られていて、城之内くんの身体には力が入っているようには見えない。大丈夫だろうか。まさか死んでいたらどうしよう。嫌な予感に目の前がくらくらする。周りにいる隣玉の人達の手には何か黒いものが握られている。会話の内容からスタンガンだと思われる。彼らが城之内くんに何をしたのかと言う事は想像に難くない。
 震える手で携帯を取り出した。本田くんに連絡をしなければ。幸い鞄の中でタオルに包んでおいた為携帯は濡れていない。連絡帳を開いて本田くんの名前を探す。

「……ほ、本田くん?」
「苗字か! 城之内見つかったのか」
「い、いた、んだけど、今、城之内くん危なくて、ど、どうしよう」
「落ち着け! 今どこだ?」
「えっと、あそこ、バーガーワールドの近くの、カラオケの裏のところの、詳しい場所がわからないんだけど、使われてない倉庫の中で」
「ああ何となくわかった。お前そこから動くなよ、見つかったらまずいから」
「う、うん。うん。わかった。ありがとう。お願い」

 通話を切り、ほっと息を漏らす。再び携帯をタオルに包み、鞄に戻した。

「よおねーちゃん、彼氏と電話か?」

 ああ本当自分の運の悪さには辟易する。



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