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 さあ学校だ! 面倒臭い! 早く週末来い! と祈りながら今日も学校へ向かう。勉強嫌いなので何故人は学ばねばならないのだろうかという哲学の真似事を頭に思い浮かべながら眠さで怠い足を引きずる。横から追い越して行く自転車通学の人が羨ましい。私も風を切って爽やかに登校したい。でも私の学校この間3年生の自転車のサドルを引っこ抜かれまくるっていう嫌がらせ事件が起きたらしいからそんな事されるくらいなら怠い足を引きずっていた方がマシだ。江戸時代は皆歩いていたんだ、そうだ今の私は伊能忠敬だこの一歩は日本の未来の為の一歩なんだと眠気と怠惰の影響で間抜けの一言に尽きる事を考えていたらいつの間にか学校に着いていた。一度面倒臭いと思ってしまうといつもの校門が恐ろしい魔の入り口に見える。ああ帰りたい。まだ学校に入ってないけど帰りたい。全国お家に帰りたい協会の役員になる。そんな事を考えていてもサボるという度胸が無い私はそのまま歩みを進めて校門をくぐるのだった。一度で良いから学校サボってバスに揺られるまま見知らぬ土地へ行ってみたい。自ら社会からドロップアウトする度胸も勇気も無い世間の波に飲まれるがまま人間なのでそんな事自らする事なんて無いんだろうけど。
 教室に入り自分の席に座り顔を俯せる。自分の腕枕とは言え、こうして目の前を真っ暗にして目を閉じると気持ち良い。このまま寝てしまいたい。あっという間に意識が微睡み始めたところで真崎さんに肩を叩かれた。

「名前ちゃんおはよ」
「あ、うん、おはよう」

 さり気なくちゃん付けで呼ばれたのでちょっとドキッとした。言っておくけど、ときめきとかじゃなくて吃驚の意味でのドキッだ。生憎私に一部の人間が喜ぶ様な趣向は無い。女の子から名前にちゃん付けで呼ばれるなんていつぶりだろう。

「随分眠そうねー、寝不足?」
「そ、そんなわけじゃないんだけど……疲れてんだと思うたぶん」
「体調崩さないでよー」
「学校休めるなら熱出しても良い……」
「そんな事言わないの」

 真崎さんは真面目を苦にしないからそんな事を言えるんですよ、と心の中で嫌味を唱える。私の様な中途半端に真面目な真面目系クズと言うのは学校休めるものなら不登校並に休みたいし真面目に振り切れるならきちんと学校に真面目に通いたい。でもどっちに振り切る事も出来ないから中途半端にじわじわとクズを極めているのである。なんかそう考えてたら死にたくなってきた。すぐ横の窓からグラウンドへアイキャンフライと飛び出しても良いかも知れない。でもせめて三十路までは生きたい。そもそも2階からじゃ死ねる気がしない。あれ私何について考えてたんだっけ?

「あ、もうすぐ時間。じゃーねー名前ちゃん」
「んー」

 このあとめちゃくちゃ寝た。授業中でも構わず爆睡した。誰にも気付かれなかったが少し涎も垂らしてた。これ気付かれてたらたぶん恥ずかしさのあまりアイキャンフライを実行してた。気付かれなくて良かった。

「名前ちゃんすごい寝てたね。涎垂れてなかった?」

 気付かれてた。死のう。いやでも私は三十路までは生きるんだった涎ごときが死因になりたくない。真崎さんは私の眠そうな顔に少し呆れた顔をしているような気がする。眠くて人の表情を気にかけている余裕なんて無い。
 少し保健室で寝てきたら? と言われたが特に体調が悪い訳でもないのに、と中途半端な真面目さをこんな所で発揮させてしまい、結果この後の授業もめちゃくちゃ寝た。授業が終わってから保健室行けば良かったと後悔した。真崎さんにはまた寝てたでしょと笑われた。

「杏子、苗字さん、ご飯食べよー」
「うわもう昼休みか」

 うつらうつらとしていた意識が武藤くんの声で覚醒する。最近武藤くんの顔を見る度に海馬くんのあの気が狂ったときの様子を思い出してしまうのが憂鬱の種なのだが、その度にあれはもう一つの人格が起こした事であってこの武藤くんには何の罪も無いんだと言い聞かせるのが最早癖の域になっていた。正直呼吸をするようにこの武藤くんとあっちの武藤くんはちゃうねんちゃうねんと自分で自分に暗示をかけるのやめたい。けど怖いものは怖いから仕方が無い。

「あんた今日ずっと寝てたわね」
「す、すいません……」

 さっきの授業先生がすっげー見てたぞと本田くんに言われて頭を抱えたくなった。すいません鶴岡先生以後気をつけます。今日の授業に蝶野先生いなくて良かったあの人女子の居眠りにめちゃくちゃ厳しいからな。

「……あれ? 1人足りない?」

 いつも通りいつものメンバーで昼飯を食べようとしたら人数が足りない。あ、あれだ。城之内くんがいない。

「そうそう、城之内くん学校休みみたいなんだよね」
「あ、やっぱり城之内休みなんだ」
「これは事件だぜー城之内が学校休むなんてよー! あいつ健康だけは赤丸優良児の筈だしなー」

 テストは赤点ばかりだけどな、と本田くんは笑っているが、武藤くんは露骨に心配そうな顔をしていた。

「初めてだよね……城之内くんが休むなんて……」
「そうなの?」
「そういえば城之内が休んでるの見た事無いわね」
「へえー」

 そもそも私は城之内くんが学校にいるかいないかなんてなんて気にした事が無かったのでこの会話の輪に馴染めない気がした。私はもっと他人に関心を持った方が良いのかもしれない。

「本田くんは知らないの?城之内くんのこと」
「メールとかした?」
「おう……一応朝メールしといたんだけど何の連絡もないな……」
「いないとなるとちょっと寂しい気もするわね」

 確かに私達、というかクラスで一番騒がしいのが城之内くんなので、それが無いと普段よりも全体の声量が7割減のような気がする。そう思うとあの人普段本当騒がしかったんだな。

「とにかく学校終わったらあいつん家行ってみよーぜ! 俺……知ってっからよ奴ん家」
「うん」
「あたしも行くわ! 今日バイト無いし……」

 名前ちゃんはどうすると聞かれ、咄嗟に行くと答えてしまった。城之内くんなら心配する必要無いんじゃないかと能天気な考えが浮かぶが、本田くんにも連絡をしないというのは少し心配な気もする。私がついていってもどうこうという事は無いとは思うが、万が一体調不良なら見舞い品の一つでも持って行った方が良いかも知れない。

「城之内くん体調崩したのかなあ」
「あの馬鹿が風邪とかありえねーだろ」
「じゃあサボりかなあ。いいなあ私も学校サボりたい」
「こら」
「今日ずっと寝てたじゃねーか。サボってんのとほぼ一緒だろアレ」
「そ、それは言わないで下さい……」



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