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 先日城之内くんのスニーカーを取り戻したのが武藤くんのもう一つの人格だと仮定すると、以前武藤くんのもう一つの人格が話していた心の領域がうんたらの意味が納得出来る様な気がする。思い起こしてみれば今までもう一つの人格が彼の中から出てきたときというのは(私が知る限りでだが)必ず武藤くん乃至武藤くんの周りの人達に精神的身体的問わず危害が加えられたときだ。それが武藤くんが言っていた心の領域に当たるのかも知れない。そう思うと武藤くんの周りでトラブル起き過ぎだろとんだトラブルメーカーだな武藤くん。いや武藤くん自身がトラブルを引き起こしている訳じゃないからメーカーではないか。そしてそれに居合わせる私もつくづく運が無い。もしかして今年は大殺界なのかろうか。帰りに本屋で六星占術の本探してみよう。確か自分は八白土星だった気がする。

「ねえ苗字さんも僕ん家来ない? じーちゃんが外国で流行ったっていうゲーム仕入れたらしくてさ」
「へ?」

 自分の運勢について考えていた所為で隣で談笑している武藤くん達の声が耳に入ってきていなかった。間抜けな声を出してしまって少し恥ずかしい。

「あーごめん今日財布忘れちゃって」
「そっかあ。残念」
「ごめんねーじゃあまた明日」

 そうだ自分で言って思い出したが今日は財布を忘れたんだった。本屋に寄っても買い物出来ないな。立ち読みだけにしておこう。
 ダラダラと談笑しながら校門で武藤くん達と別れた。仲良さげに歩いていく男2人と女1人の図を眺めながら時かけみたいだなあ青い春ってやつだな畜生リア充めと卑屈な気持ちを滾らせた。リア充な彼らと交友関係を持っている私もリア充ではないかと自分で自分を慰めるが如何せんこんな卑屈な考えを抱く私がリア充と言えるのだろうかと言う卑屈が卑屈を呼ぶ負の連鎖な思考が頭を巡り始めたので私は考えるのを止めた。無性に時かけが恋しくなったがあれは夏の風物詩なので夏休みに入ってからゆっくり鑑賞したい。まずは私の今年の運を確かめなければと勇み足で歩を進めた。
 本屋に寄ったが目当ての本は見つからなかった。私の探し方が甘かったのかも知れないしあの様な一年の運気を書いた様な本は年末年始くらいにしか売らないのかも知れないが、兎にも角にも見つからなかったものは仕方が無い。心の中で大殺界ではないことを祈っておく。

「遊戯俺の『ゾンビ』の攻撃だぜー」
「このカードで防御!」

 次の日、武藤くん達の周りが妙に騒がしい。真崎さんに面白いからと誘われてその輪の中に入ると、武藤くんと城之内くんが向かい合っている机上にいくつかのカードが置かれている。トランプ程の大きさに色々な絵柄が描かれていて、2人の間では攻撃だのライフだの色んな言葉が飛び交っている。

「くそーっまたやられたー!」

 私が理解する間もなくゲームは終わったらしい。勝者の武藤くんは嬉しそうに万歳している。

「あ、苗字さん」
「何してんの?」
「これね、マジック&ウィザーズって言って、昨日じーちゃんが仕入れてくれたカードゲームなんだ!」
「TCGってやつ?」
「そうそう!苗字さんも知ってるの?」
「これじゃないけど別のカードゲームならテレビで見た事ある」

 成る程昨日武藤くんが言っていた海外で流行っているゲームとはこれの事か。確かにアメリカ辺りで受けそうな絵が多い気がする。武藤くんは嬉しそうに私に簡単なルールを教えてくれるが正直私はこの様な相手の先を読んで戦略を立てていく様なゲームは苦手である。単純に食わず嫌いからの苦手意識なので実際に遊んでみれば印象は変わるかも知れないが、如何せんゲームに限らず元々頭を使う事を余り得意としていないのでこの手のゲームをきちんと遊べる自信が無い。

「良かったら苗字さんもやってみる?」
「い、いい。こういうの得意じゃないし」
「城之内だって出来るんだから大丈夫よ」
「おいコラ杏子てめーどういう意味だ」

 皆口々に好き勝手言い始める中、武藤くんのカードを見せてもらった。色んな絵が描いてあるのを見るのは単純に楽しいのでコレクション目的で買うのは良いかも知れない。グロテスクなモンスターが多いけどよく見ると可愛い絵もある。このホーリーエルフってカードのお姉さん可愛い。けどこの間ゲーセンでお金使いすぎちゃったし、買うにしてももう少し余裕が出来てからだろうな。
 私がカードを眺めていると、横から見慣れない人が武藤くんに話しかけていた。長めの茶色い前髪から覗く両目が少し不気味だと思ったが人のセンスにとやかく言える程私もお洒落に気を遣ってないよなと気付いたので気にしないようにした。というか本当に知らないんだけどこんな人クラスにいたっけ? 隣のクラス? 武藤くんと親しげに会話をしているのを見るに武藤くんとは知り合いらしい。
 2人が親しげに会話をしていると、武藤くんが鞄から何かを取り出した。先程遊んでいたカードと同じものらしい。武藤くんがそれを持つ手つきが妙に慎重で先程の他のカードを持っていたときとは全然違う。特別なものなのだろうか。気になったので茶髪の男子の横から覗き見させてもらう。身長差が大きい所為でカードが見辛い。

「せ、せいがん、の、はくりゅう?」
「ブルーアイズホワイトドラゴンだよ」
「これで?」

 カードに書かれているそのモンスターの名前をそのまま読み上げたら武藤くんに訂正された。キラキラネームより無理矢理な読ませ方じゃないかと思ったけどよくよく見れば小さく振り仮名が振ってあった。馬鹿なのは私の方だった。

「あれ遊戯のおじいさんのカードなんだって。なんかね、すごく珍しいカードらしいわよ」
「へえ」

 そういえばこういうカードってものによってはうん十万とかうん百万の値段がつく事も稀にあるらしい。とんでもない世界だ。このカードもそれだけの価値があるのだろうか。オークションに出したらいくらの値がつくんだろ。
 ついでにこの茶髪の男子は誰なんだとこっそり真崎さんに尋ねたら同じクラスの海馬くんだと呆れ顔で教えてもらった。全く見覚えがないので隣のクラスだと思っていたのに同じクラスだったとは。他人に対する関心の有る無し以上にひょっとして記憶力がやばいのではないかと自分の脳味噌が心配になった。
 真崎さんからの補足情報に寄ると、昨日この海馬くんは武藤くんの家に来たらしい。そこでブルーアイズのカードを譲ってもらえるよう頼んだが断られたとかなんとか。そりゃ珍しいカードならそう簡単にポンポンと貰えるわけないよなあと海馬くんが手に持っているカードを横目に頷いた。譲ってもらう条件としてアタッシュケースいっぱいのカードを差し出したらしいけど何でそんなケース持ち歩いてんの?



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