文化祭2日前


 よくわからないが俺達のブースが再び使えるようになったらしい、と朝教室に入った途端に興奮気味の城之内くんに言われた。城之内くんの言う「よくわからない」部分を知っている私はへえそうなんだと上手に答える事が出来た自信が無かったが、やったぜと飛び跳ねて喜んでいる城之内くんを見るに怪しまれる事は無かった様なのでほっと胸を撫で下ろす。
 今日は文化祭2日前である。今日明日であの荒れたブースを綺麗にして再び準備をし直さなければ到底クラスが出店することは出来ないのだが、おっしゃやるぞお前らとクラスのテンションを城之内くんが盛り上げたお陰でクラス内はやる気で満ち満ちていたので私も大丈夫そうな気がしてきた。
 とにかく最初にあの荒らされた残骸を綺麗にしなければとクラス総出でブースへ向かった。既に担任が壊された残骸の片付けを始めていた。俺も私もとクラスメイトが先生に倣って片付けを始める。私もやるかとブースに足を踏み入れたとき、ブースの端に寄せられた真っ二つの看板が目に入り、やっぱり無理そうな気がしてきた。時間もお金も掛かったのでもう一度同じ物を作れる気がしない。だが、今くよくよしていても仕方が無いので片付けが終わったあとの私が良い方法を考えてくれるに違いないと未来の私に期待を寄せながら片付けに集中することにした。

「……で、これどーするよ?」

 片付けが一通り終わり、看板班のリーダーが看板班のメンバーを収集させた。皆で真っ二つになって端に寄せられている看板を見下ろしながら閉口する。どうすれば良いかとリーダーがメンバーに問いかけるが誰1人口を開くことが出来ない。未来の私に期待していた過去の私を呪いたい。
 真崎さんに予算の残りを確認したが、今までの準備にだいぶ掛かっていたためこれ以上出すことは出来ないとの事だった。段々と可能な選択肢の数が狭められてきている状況に焦りを感じ始める。

「くっつけるのは無理か?」

 本田くんが看板を合わせながら問いかける。出来ない事は無いかも知れないが如何せん亀裂が目立つ。縦に大きく亀裂が入った看板を掲げて楽しいですよなんて振りまいてもなあと後ろ向きな意見ばかりが飛び交う。
 そんな時、担任から吉報が入った。問題を起こした3年生が居たクラスから予算を分けてもらう事になったらしい。あれだけの事をしたなら当然だなと湧き上がる看板班。喜ぶ私。予算を計算する真崎さん。ごめんこれでも看板に回せる余裕無いわと話す真崎さん。固まる看板班。苦笑いの担任。膝から崩れ落ちる看板班。
 よくよく考えてみたらブースを囲む壁やゲームに必要な備品も壊されていたので、その辺の材料を買い直してたら予算が足りる訳が無かったのだ。どこが吉報だ。看板が直っても中身が伴っていなければ意味が無いもんな仕方が無いと自分で自分を納得させる。校舎裏に設置してある廃材置き場に何か無いかと探しに行くが使えそうなものは見つからない。結局真っ二つになった看板をくっつけて使うしかないということになった。
 看板の裏に別の板を貼付けて真っ二つになった看板をくっつける事になった。再び廃材置き場に向かい、使えそうな板をいくつか運んだ。この辺は力仕事だからと右手の怪我が治っていない私は手伝う事を遠慮されてしまった。こればかりは無理に手伝うわけにもいかないから仕方が無いなと溜まったゴミ袋をゴミ置き場に運ぶことにした。

 看板をくっつける事自体はすぐに終わったらしい。昼休みを跨いだ後、汚れたりペンキが剥げてしまった部分を塗り直した。幸いペンキはだいぶ余っていた為、買い直す必要も無かった。亀裂部分は少しでも目立たないように厚めに塗った。全然隠せてねーじゃんと城之内くんが茶々を入れてきたが気分の問題なので放っておいて欲しい。そうだねと笑いながら返した。
 クラスの人達が何人か残っていたので気にならなかったが、いつの間にか外は真っ暗だった。本来はとっくに下校時刻なんて過ぎているのだが、昨日の事もあり学校側が居残りを許してくれていたらしい。時間を意識してしまったからか突然空腹感が襲ってきた。

「看板大丈夫?」
「あ、真崎さん。うんなんとか」
「一応9時までが居残りの限界だから、それまでに片付け終わらせてね」
「うん、ありがとう」

 看板班も途中1人2人と帰って行った為、気付けば看板の作業をしていたのは私だけだった。看板班のほとんどの人は電車やバスでの通学者なので仕方が無い。でもせめて自分が使った刷毛くらいは片付けて行けやと心の内に渦巻く不快感を吐き出さないように気をつけながら使いっ放しの刷毛と小皿を重ねて集め、廊下の水盤へ運ぶ。廊下の電気は点いているものの、窓の向こうは真っ暗なため何だか不気味だ。昨日の出来事を思い出して少し身体が震えた。

「片付け終わった?」
「うん」
「1人でお疲れさま」
「真崎さんもお疲れ」
「ふふ、ありがと」

 真崎さんは教室の鍵締めや借りてた備品の返却報告等をしなければならない為最後まで残らざるを得ないらしい。献身的な役回り(私から見れば損な役回り)をこなす真崎さんが天使に見えた。こんな彼女に私はつい最近まで距離を置く様な付き合い方してたんだなあと昔の自分を恥じた。やっぱり友達ってのは付き合いを深めないとどんな人間なのかわからないもんだな、なんて事を考えるようになった自分の変化に笑いが溢れた。



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