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 その後、なんやかんやで文化祭は無事終わった。なんやかんやという6文字で終わらせるには余りにも色々とありすぎたのだが、それはまた別の機会にでも話そうと思う。兎にも角にもあの3年生に占領された私達のブースは再び使えるようになり、残り2日という短い時間の中クラスが死に物狂いで作業をしたお陰で文化祭当日に間に合わせる事が出来、お客さんも盛況でまさに大成功という結果で終わらせる事が出来ましためでたしめでたし!

 なんて、随分と都合良く終わってしまったが、武藤くんに対してはどうしても腑に落ちる気持ちを抱くことが出来なかった。もう一つの人格だから武藤くん自身と関係はないとは言えども、友達のためなら自己犠牲も厭わない武藤くんがまさかその辺の不良がやる喧嘩よりも恐ろしそうな事をしていたとは思いたくなかった。正直信じたくもなかったのだが、目の前で見てしまったり本人の口から言われてしまった以上それをひっくり返せるだけの推理や考察が出来る程私の脳味噌は立派ではない。得体の知れない恐怖は拭えるどころか強まってしまった。

「苗字さん、また明日」
「え、あ、うん、武藤くん、また明日」

 あの日以降武藤くんはもう一つの人格には変わっていない。私がいる場所でだけの話なのでひょっとしたら与り知らぬ場所で闇のゲームとやらをやっているのかも知れないが。
武藤くんにもう一つの人格について話すべきなのだろうか。今までの様子を見るに武藤くんがもう一つの人格について認識していないと言うのは間違いない。確か多重人格の人は別人格の記憶を共有出来る人格と共有出来ない人格があるなんて話を聞いたことがある。武藤くんは後者で、もう一つの人格の方の武藤くんは前者にあたるのかも知れない。知らない事をわざわざ教える必要はあるのだろうか。デリケートな問題であるだろうし、ただのクラスメイトである私が彼個人の問題に口を出さない方が賢明な気がする。幸か不幸か他の人達もこの事は知らないらしいので、今後退っ引きならない状況にでもならない限り私の胸の内に閉まっておく事にしようと思う。

「うっす名前〜」
「あ、城之内くん本田くん。お疲れ様」
「お前今時間ある? ちょっと相談したいことがあるんだけどよ」

 城之内くんが相談事とは珍しい、と思ったら城之内くんの後ろで慌てた様子を見せている本田くんが相談主らしい。どちらにせよ珍しいことには変わりない。

「お、おい城之内お前女子に言うのかよ」
「こういう事こそ女子の意見あった方が良いだろ」

 女子の意見が必要な相談事とは何なのだろう。恋愛関係かなと一瞬思ったが、まさかつい最近までぼっちだった私にそんな相談事するとは思えない。同じ女子でも私より真崎さんの方がよっぽど適任だろう。と言うよりも相談事自体真崎さんの方が頼りになる気がするが何故私なのだろう。

「別に構わないけど」
「お! サンキュー! 相談事って言うのはよー」
「お、おい! ここだと人多いからせめて学校出てからにしてくれ」

 早速内容を話そうとした城之内くんの肩を掴んで引きずるように本田くんが教室を出て行ったので急いで荷物をまとめて後を追いかけた。周りに聞かれたくない相談事とは何なのだろう。真剣に悩んでいるらしい本田くんには申し訳ないが好奇心ばかりが膨らんでいく。2人の背中は身長と性別の違いからかとても大きく見える。そんな2人が私を頼ってくれているという事実は純粋に嬉しかった。

「オ〜イ遊戯〜」

 玄関を出ると先程挨拶を交わした武藤くんがいた。ふにゃりとした笑みを浮かべながら城之内くんの声に応える。あの顔を見ると本当にもう一つの人格が彼の中にいるのか疑わしくなってくる。目の前で見たくせに。

「遊戯……実はよーちょっと相談してー事があるんだ!」
「おい城之内! まさか遊戯なんかにもアノ事相談するんじゃねーだろーなぁ!」

 私といい武藤くんといい相談事をするには頼りない人達ばかり(武藤くんには失礼だが)に協力を仰いでいるけど城之内くんは人を見る目が無いのだろうか。案の定と言うか当然と言うか、隣にいる相談主は非常に慌てた様子だ。私の勝手な予想だが恐らく本田くんは今後城之内くんには内密な相談事はしないだろう。

「冗談じゃねーよ! ヤダぜーこんな奴に!」
「まーまー、お前オレにまかせるっていったろーが!」
「遊戯なんかに話してみろよ! コイツ絶対まわりに秘密バラすぜ! 日頃からオレに恨みを持ってるはずだしな」

 そういえば文化祭の準備のときもそんなことを言っていた気がする。武藤くんはそういう事をしなさそうだが、私は武藤くんではないので絶対にしないという断言は出来ない。その後城之内くんのフォローも入り、全員納得した形で本田くんのお悩み相談に入る事になった。

「実はよー本田のヤロー『恋の病』って奴で悩んでいるのさ!」
「ぶふっ」
「苗字さん笑っちゃだめだよ……」

 まさかと思ったが本当に恋愛相談とは思わなかった。その手の相談なら私達2人は完全に人選ミスだし何より城之内くんの言い方が妙に面白くて笑ってしまった。噴き出した後に本田くんに失礼だと気付いたが、幸い本人は恥ずかしさからか両手で顔を覆いながら色々喚いていてこちらの様子を気に留めていない様だ。一安心。恋をする事なんて人間なら普遍的な事だしそれは本田くんも例に漏れなかったという事なのだから笑っちゃいけないと頬を思い切り噛みながらつり上がりそうになる口の両端に力を入れた。そんな事をしているうちに恥ずかしがっていた本田くんはそれを誤摩化すように武藤くんに難癖を付けていたので慌てて2人を引き離した。

 その後城之内くんから詳細を聞くに、相手はクラスメイトの野坂さんらしい。そういえば文化祭準備のとき本田くんは彼女に対して妙によそよそしい態度を取っていたが、それはつまりそう言う事だったのだろう。そう考えると準備時の私は本田くんにとってなかなか良い事をしてあげてたんじゃないのかと1人でほくそ笑んでいたら本田くんにお前まで笑うのかと言う目で見られた。ごめんさっき笑ってた。

「で…相談てのは…コイツなりの彼女の気を引くプレゼントってなんかねーかな? ほら……遊戯ん家ってヘンな店やってるじゃんか!」
「いきなりアタックするの?」
「え? マズいか?」
「いや……うーんまあ良いんじゃないの」

 女子の意見もと言う事で私も交ぜてもらったが私自身こういう話題とは無縁のまま16年近くの人生を歩んできてしまっている為、正直何がよくて何が駄目なのかもわからない。私自身に置き換えて考えてみても悲しいかな現実味が湧いてこないため今いち具体的なイメージや印象として思い描くことが出来なかった。どうやら私は想像力に欠けているらしい。

「ウーン店とは言ってもゲーム屋だからなぁ……」
「女子がゲーム貰って喜ぶかなあ」
「まあ取りあえず行くだけ行ってみよーぜ! 何か良いもんあるかも知れねーだろ」

 折角女子としての貴重な意見を言ったのにスルーされてしまった。女子の意見欲しかったんじゃなかったのかと私の存在意義を考えながら3人の後ろをついていくと、丁度武藤くん家の方向へ向かうバスが少し先のバス停に停まったので4人で走りながらバスに乗り込んだ。



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