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 小学校時代中学校時代と、友達関係であまり良い思いをしてこなかったので、高校は失敗したくないなと思い、出来るだけ大人しく、大人しく過ごそうと決めた。付き合う人は慎重に決めようと、まだ相手がどんな人間なのかを見極める前に付き合いを深めるような事はやめようと、入学式を迎えた日にそう強く心に誓った。いじめに遭ったとか不登校になったとかそういうナイーブな経験をしてきたわけでは無く、むしろそういう経験をしてきた人達から見たらなんだその程度と言われてしまいそうな程度の些細ないざこざしか体験してこなかったが、自分は人と上手に付き合うことが出来ない類いの人間だったのだと言う事実を嫌と言う程噛み締めるには充分すぎる経験だった。それが分かった今、同じ失敗は繰り返したくないと言うだけだ。それだけだ。

「苗字名前です。絵を描く事が好きです。宜しくお願いします」

 当たり障りの無い平々凡々な挨拶で始まった私の高校生活は、本当に平々凡々と過ぎていった。
 クラスメイトとも、出来る限り浅く、出来る限り必要なときだけ関わった。別に、協調性に欠いてるような行いをしている訳では無いので勘違いしないで頂きたい。団体行動の中にそれとなく溶け込めるように努めたという事だ。そのお陰か、今までのように密接な関わりを求めた所為で起きる問題とは全くの無縁で過ごして来る事が出来た。平々凡々、なんて素晴らしい。
 ただ、いざこざとは無縁になれた代償に、特別友達だと言える人もいないと言うのが少し寂しい。今までの苦い経験を考えたら1人で居た方がずっとマシだとは思うけど。

「昼休みだぜーバスケやるぞー!」

 授業の終了を知らせるチャイムが鳴り、大体の人達が昼食を食べ終わった頃、クラスの男子達が騒ぎながら教室を出て行く。女子も混ぜて行うらしく、男子達の後ろをついていくように女子達も教室を出て行った。苗字さんもどう? とクラスの女子に尋ねられたが、あまり運動が好きではないのとまだお昼を食べ終わっていなかったので断った。そっかと言いながらパタパタと小走りに教室を出て行く女子達を眺めて元気だなあとぼんやり考えながら、私はまだ半分しか食べてないお弁当に再度手を付けた。

「おい遊戯!ひとりでゲームばっかやってないでたまにはバスケでもやらねー?」

 ふと顔を上げると私の他にもう1人、男の子がバスケの誘いを断っていた。本来はファミリーやパーティー向けであるはずのおもちゃを1人で遊んでる。誘いを断るときの声色や態度から察するに大人しいタイプの人なのだろう。自分が入ったチームが負けてしまうからと、端から聞けば何とも情けない理由でクラスメイトの申し出を拒否していた。
 間もなく教室からは私とその男の子以外の人はいなくなった。相変わらず男の子はパーティー向けのゲームを1人で遊んでいる。その姿を横目に私はお弁当を食べ続ける。私の耳には男の子がいじっているおもちゃの音と自分の弁当を咀嚼する音だけが響く。
 そういえば、と男の子の名前を思い出そうと試みるも全く浮かばない。先ほど男の子がバスケに誘われていた時に名前を呼ばれていたみたいだったが聞き逃してしまっていた。昔から人の名前を覚えるのはあまり得意では無かったが、最近は特にコミュニケーションを避けてきた事も災いしたのか入学してだいぶ経った今もまだ半分以上のクラスメイトの名前を覚える事が出来てない。だからと言って困る事も無いのだけれど。
 無言で昼食を食べ終わり、空の弁当箱を鞄に仕舞った。バスケの誘いを断ってしまったが、だからと言って私自身何か用事があると言うわけでもなかった。

「あ、」

 午後の授業まで何をしようかとふと顔を上げたら、彼と目が合ってしまった。教室に二人きりだったこともあり、私のことが気になったのだろう。咄嗟に視線を窓の外へ逸らしたとき、視界の端で同じく顔を逸らす彼の姿が映った。入学してから彼と会話をした事は一度も無いと言う事もあり、何だか妙に気まずく感じる。男の子が何かをブツブツ話しているらしいが、私に対して話しかけているわけでは無いらしく、よく聞こえない。これならバスケに行った方がよかったのかも知れないと思いながら意味も無く校門あたりを眺めていたら突然反対方向から声がした。

「へへ〜遊戯ぃなにひとりごとしゃべってんだ〜! 暗い指数200%だぜ!」

 品の無い声だなと思いながらその主がいる方向へ視線を向けると、先ほどまでゲームで遊んでいたはずの彼が、クラスメイトの男子(この二人の名前も思い出せない)に金色の箱を取られている。不良がクラスの大人しい子をいじめている図というのは一目瞭然だ。

「返してくれよ! 本田くん〜!」
「ホ〜レ」

 教室内を騒がしく走り回りながら金色の箱は不良の男子の間を動き回る。
 その様子は見ていて心地の良いものでは無いのだが、だからと言って注意する勇気も度胸も無い。からかわれてる彼には申し訳ないが、何も見ていない振りをさせてもらおう。問題ごとにはもう首を突っ込みたくないのだ。誤摩化すように携帯を取り出す。
 それでもやはり気にはなってしまう。視線を向けている事に気付かれてしまうと怖いので、携帯の画面を見ながら耳だけ騒ぎの方向へ集中させる。

「お前見てるとよー、なんつぅかこう煮え切らねーっつうか、イライラするぜ! そこでだ遊戯!」

 ああそうだ、遊戯、うん、武藤遊戯くん。不良の彼のお陰でようやく名前を思い出した。

「オレ様がお前を男らしくするための指導をしてやるぜー!!」

 だからかかってこいと武藤くんにまくしたてる不良の彼。どうするんだろうとこっそり視線も向けてみたら、武藤くんはケンカとか大嫌いだと叫んだ。大人しいだけの男の子だと思ったが、不良に対して果敢に意見する事も出来るらしい。私とは大違いだ。
 だが意見が出来たところで素直に返してもらえれば苦労はしないと言うものだ。不良は意地悪そうな笑みを浮かべて武藤くんの返してと言う申し出を拒否した。子供じみててみっともないと思ったが、目が合ったら怖いから再度視線を窓の外に移した。この状況でずっと教室に居るのは罪悪感とか不良に対する恐怖とかで精神的に良いものとは思えない。武藤くんにはつくづく申し訳ないが、こっそり教室から退散させて貰おう。そんなこの教室に居る誰よりも一番情けない事を考えていたら、新しい声が教室内に響いた。

「あんた達がつまらないんなら返してあげなさいよ! 遊戯に!」

 彼女の名前は覚えてる。真崎さんだ。いつも元気溌剌としててしっかりしてる人なんだなと遠巻きから眺めながら思った記憶がある。
 不良達も彼女の事は一目置いているところがあるらしく、あっちへいきなと真崎さんが一喝を入れた途端にそそくさと教室から出て行ってしまった。同じ性別なのに私とはえらい違いだと心の中で帽子を脱ぐ。
 大事なものだったらしい金色の箱を取り返してもらった武藤くんはそのまま真崎さんと会話を始めた。仲の良さそうな男女の会話を盗み聞きするなんていう野暮な事はさすがにしたくなかったので、さり気なく教室を出た。その様子を2人に見られていた気がするが、きっと気のせいだ。



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