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 作業をしていると、時間が過ぎるのはあっという間だった。気付けば文化祭まであと3日というところまで来ている。進行状況は実に順調だ。看板班は3日という余裕を残して看板を完成させた。人数がいたという事や、手先が器用な人達が集まったという事などが重なった結果だと思う。我ながらクオリティも中々の物だ。

「お疲れさま〜片付けしたら各自周りの手伝いしよっか」

 看板班を仕切ってくれていた子の言葉を合図に班の人達は会話をしながら自分達が使っていた刷毛を手にわらわらと手洗い場がある方へ向かう。私は完成したその看板をしばらく眺めていた。

「お疲れ、苗字」
「あ、本田くん、うん、お疲れさま」

 ボーッと看板を眺めていたら本田くんに話しかけられた。手洗い場へ向かう彼の手を見るとペンキでだいぶ汚れている。自分の手を見ると、本田くん程ではないが、いくらか汚れていた。
 野坂さんがペンキを片付けていたので手伝った。どれも思いの外中身が余ってしまったので他のクラスが困っていたらお裾分けしようということになった。途中、刷毛を洗って戻ってきた本田くんが私と野坂さんが使っていた分も一緒に洗っとくと手洗い場へ持っていった。野坂さんがお礼を言うと本田くんはぶっきらぼうな返答をしていた。私に対してと態度が違う気がした。

 午前中はペンキを乾かすためにそのまま放置し、午後になったらクラスのブースに設置する事になった。それでも午後に乾ききってくれるかはわからないので、看板の状態次第では明日になるかも知れないらしい。幸いにも真崎さんのくじ運は素晴らしく、私達のクラスは一番人気の位置を手に入れる事が出来た。校門をくぐってすぐのその場所なら、辺鄙な場所に置かれるよりもずっと集客率が上がるだろう。そんな目立つ位置にこの看板を掲げるのだと考えたら今から妙に緊張してきた。
 他のクラスも中々本格的で、学校のグラウンドは普段の殺風景とは違い、各クラスの出店が並び始めてとても賑わっていた。高校の文化祭でここまでの事が出来るのはすごいと思う。当日真崎さんと回るのが楽しみで仕方が無い。

「誰かこれ運ぶの手伝ってー」

 クラスの女子の声が聞こえる。行こうと思ったが、右手の怪我を思い出し、他の子が駆け寄っていくのを見送った。
 手持ち無沙汰と言うのも中々困るものだ。困ると言っても私1人だけの話で、周りにも迷惑をかけていると言うわけでは無いのだが、皆が忙しなく働く中で私だけ休んでいると言うのも憚られた。教室での作業は何も手伝う事が無いようなので、グラウンドへ向かうことにした。

「あ、名前さん」
「真崎さんお疲れ。いよいよって感じだね。まだあと3日あるけども」
「もう残り3日よー。でもこの調子なら結構余裕を持って完成しそう!」

 真崎さんの頬は嬉しそうに紅潮している。その視線をなぞる様に私も組み上がっていくカーニバルゲームを見る。板で囲まれたそのブースには出入り口になるであろう隙間が大きく開いている。ここに看板が貼られるのかと思うとちょっとドキドキしてくる。
 看板が取り付けられた姿を想像しながらその門をくぐると、すぐ横で城之内くんが樽に一生懸命釘を打ち込んでいる。ワイン工場で譲り受けたというその樽は人が3人くらいならすっぽりと収まってしまうのではというくらい大きい。
 的当てとビン倒しの準備も着々と進んでいるらしい。きょろきょろと全体の様子を眺めていたら城之内くんに声をかけられた。

「お、名前ウッス」
「あ、お疲れさま。もうすぐ完成?」
「おう!今日の午後には完成するぜー」
「何か手伝う事ってある?」
「いや、残りは1人で大丈夫だぜ。それにお前怪我まだ治ってないんだろ?無理すんなって」

 城之内くんの気遣いにありがとうとお礼を言いながらブースの奥に目を向けると、そこでは武藤くんが作業をしている。青髭の頭を作ってるらしい。
 武藤くんとも軽く挨拶を交わし、手伝う事は無いかと尋ねる。すると、一緒に糊を塗ってくれと頼まれた。どうやら刷毛で糊を塗りながら色紙を貼って、青髭の肌とかぶり物を再現しているらしい。武藤くんは自分が紙を貼っていくから、貼った上からもまた糊を塗り直してくれと、糊と刷毛が入ったバケツを指す。私はバケツの横に座り、刷毛を手に取った。暇を持て余す必要が無くなり、武藤くんと軽く談笑をしながら作業に入った。

「看板どんな感じ?」
「もう完成した」
「本当!?という事はこれから貼付け?」
「ううん、乾かさなきゃだから午後から。午後も乾き具合でどうなるかわからないけど」
「へえー楽しみだぜ!」

 正午を知らせるチャイムが鳴り、昼飯だ休みだと周りはどんどん校内へ入っていった。私も武藤くんと簡単にその場を整理し、ご飯を食べようと教室へ向かった。いよいよ午後からは看板の取り付けだ。看板の状態次第だが、ペンキは速乾性の物だし、恐らく大丈夫だろう。
 ブースから出ていく間際に、忘れ物は無いかと振りかえった時、誰かが私達のブースをじっと見ていた。クラスメイトではないようだ。他のクラスは飲食店だったりフリーマーケットのようなものだったりというのが多いので私達のところが物珍しく見えるのかも知れない。お腹が小さく鳴ったので、早くご飯を食べようと急ぎ足で玄関をくぐった。
 今日は城之内くんもお昼を一緒に食べた。武藤くんと城之内くんがおかずの取り合いをしているのを笑いながら眺めた。今更ながらこうして皆と一緒にお昼を食べる事に抵抗が無くなったのは嬉しいことだと思う。遠巻きから眺めていた時はこの様な騒がしさは好きになれなかったが、単に羨ましかっただけなのかも知れない。今はとても心地がいい。不思議と周りの目線を気にしなくもなっていた。今日のご飯はおにぎりだった。



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